海の仙人

海の仙人

海の仙人

「海の仙人」絲山秋子(2004)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、文芸

ファンタジーがやって来たのは春の終わりだった。
この作品で登場する ファンタジーとは、神様のこと。何をしてくれるわけでなく、ただそばにいるだけ。そしてファンタジーを必要とする人には、初めて会うのにどこか懐かしい存在。

なんだ、またエブリデイマジックか。ならファンタジーなんて名前でなく、神様でよかったのにと、思ったら、甘かった。
ファンタジーは、ひとつの言葉では定められない存在だった。そして、この作品は決して「ファンタジー」などではなかった。

海の仙人は、主人公である河野勝男のこと。四年前、29歳の一月、預金通帳に3億円という数字が並んだとき、勝男の仙人生活がはじまった。宝くじが当たったことは、同期の女友達片桐妙子にしか言ってない。東京のデパートを辞め、敦賀でアパートを持ち、その収入で淡々と暮らす。そんなある日、ファンタジーは主人公の部屋の居候となった。
ファンタジーと暮らしはじめたある日、主人公は運命の女性中村かりんと出会う。物語は、主人公と、中村かりん、そして主人公を慕う、かなり豪快な女性片桐妙子の三人を軸に進む。 いや、正確には主人と中村かりんの物語、そして、それとは別の片桐の物語なのかもしれない。

主人公が心に傷を持っていることが物語の途中で明かされる。その傷は、恋人中村かりんの願い、自分が女性であることを確認することさえ叶えてあげることを妨げた。主人公は、やどかりのように居心地のいい場所から一歩も動けなかった。

そして、それはある意味予定調和的なラストシーン。一歩間違えばかなり都合のいい話になってしまうところを、この作家はうまく抑えた。彼はこの後、孤独という殻を破っていけるのだろうか?大事な女性と一緒に・・。

物語で触れられる曲がわかると、もっと楽しめたのだろうな。洋楽にうとくて残念。