となり町戦争

となり町戦争

となり町戦争

「となり町戦争」三崎亜記(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、戦争、すばる新人賞 、文芸、文学

やられた。
「となり町戦争」というタイトル。三崎亜記という可愛いげな名前。おだやかに、さびしげに青空が広がる広場の写真という装丁。すばる新人賞という文芸賞。これらから想像された内容は、「戦争」といっても、牧歌的な、ちょっとした住民同士の対立と勝手に想像していた。ところが、まったく想像を裏切られた。

町役場から送られた一枚の通知により、僕は「戦時特別偵察業務従事者」に任命された。ふだんと変わらぬ生活を送る僕は、いつのまにか、公共事業としての「戦争」にとりこまれていた。「戦争」は役場のシステムに取り込まれて、淡々と進んでいく。自分のすぐ近くに、「戦争」があることに気づかないまま・・。

偵察従事者に任命された北原修路のモノローグで物語は進む。僕の任務は、勤務先への途上にある「となり町」の様子を通勤時に観察すること。僕の日常の生活は変わりなく、ただ報告書を提出することだけが、戦争への参加。僕が戦争を実感できるのは、町の広報誌で知らされる戦死者の数。僕の実感できない戦争が確かに起きている。
僕の任務はさらに一歩進む。町役場の香西さんと擬似結婚をし、となり町に引越し、偵察業務を進める。二人の生活すら、役場の業務のよう。そう、香西さんと僕が交わす、夜の営みさえ・・。

そう、この作品で語られる戦争は公共事業のひとつ。まさしくいま現在の日本の公共事業と同様。そこに生活する住民すら、身近に感じることのできない事業のひとつとして、システムが進む。戦争自体は、業務委託されたコンサルティング会社によって行われている、らしい。そして、新規産業として、色々な企業が参入している、らしい。

そして終戦を迎える。どちらの町が勝ったのか、それも判然としないまま。この戦争で、弟を亡くしているにも関わらず、香西さんは、次の任務へ、。その任務は、僕にとって、とてもほろ苦く、しかし希薄、読者は唖然とさせられる、。

いわゆる物語を期待すると、見事ハズされる。
淡々と、淡々と物語は進む。それが故に、読者は色々考えさせられるに違いない。
声高に戦争を語るつもりはない、しかし僕らは、こうして戦争に取り込まれてしまうのかもしれない。

一言。どこかの国で本当の戦争を体験してきた、僕の勤務先の主任をもう少し活かしてほしかった。ちょっと空回り感。それとこの作家、実は男性らしい。いや、だからどうということはないのだけど(笑)。