くうねるところすむところ

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くうねるところすむところ

「くうねるところすむところ」平安寿子(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、女性、30代、ガデン、鳶職、工務店、建設業、負け犬


「グッドラックららばい」という奇書を読んで以来、ちょっと注目、でも、既刊本は何故か手が伸びない作家平安寿子の新作、といってももはや発刊から半年ほど経つ。図書館に予約の末、やっと入手。いや、久しぶりに爽快な気分で読了。(この直前に「灰色の王」スーザン・クーパー、「ハリガネムシ吉村萬壱を読了していたせいもあるが・・。)
いいよ、これ。まさに万人にオスススメ!シンプルにちょっと、頑張ろう!って気分になります。大作ではない、でも、すらすら読めて気持ちよくなれる、こういう小説はいいな。取材も丁寧にされているようで、とても、とても好感の持てる一冊。


30歳の誕生日を祝ってあげる。そう言ってくれたはずの不倫の恋人は、子どもが病気で来れないとあっさりキャンセル。そんなこと期待していたはずじゃなかったのに。気づくと一人やさぐれ、酔っぱらい、工事現場の足場の上にいた。地上6メートル。足がすくんだ、腰が抜けた。誰か助けて。
就職情報誌の副編集長と言えば聞こえがいいが、結局は何でも屋。ひとり、残業を重ね苦労する。不倫相手で、編集長の五郎は重役出勤で昼頃顔を出したかと思うと夕方にはいなくなる。妻との仲は冷え切っている、梨央は愛人じゃなくて、恋人だ。僕は司馬遼太郎のようになるんだ、梨央の助けがいる。そんな彼との関係も三年。なんだかな。30にもなると、もはや、生活も惰性。どこかに着飾って出かけることもめんどくさい、あぁ何かもイヤ。そんな日々。
足場の上で困っているところを助けてくれたのは、現場に出入りする、トビ職の男性。30代に見えるが、青年というのがぴったりな風貌。そんな彼に助けられ、注意され、でも気持ちがよかった。
お礼がいいたい。少しよこしま、いや、かなりよこしまな気持ちを抱き、足場で助けてくれた男性を探す梨央。工事を請け負うっているのは鍵山建設。勢いで訪ねた先に、目当ての人物はいなかった。がっかり。しかし、下請けのトビ職、田所徹男という名前と、携帯電話の番号は入手できた。
会ってお礼がいいたい。梨央の願いを頑なに拒む彼、大したことしてないし、第一、入り口の鍵をきちんと閉めなかった自分の責任でもあるし。戦法を変え、取材ということで彼に会う梨央。季節の変わり目が人より早くわかること、季節の匂いがわかる。トビの魅力を朴訥に語る田所。情報誌にスペースを確保し、記事を流し込む。できたら、また田所の所に持っていこう。しかし、刷り上がった情報誌のそのスペースには別の記事が。いつも好き勝手なことをしてるくせに、きちんと相談しろよと言う編集長の五郎に、自分の中で何かがはじけるのを感じた梨央。「辞めます」。せせら笑い、うろたえ、なだめすかし、、脅す五郎に辞意を伝え、トビ職になるとタンカを切った梨央。
鍵山郷子、45歳。専業主婦から、鍵山工務店の社長になった。父親が作った、この会社。夫である祥二に社長をしてもらっていたが、ある日夫が浮気で、フィリピーナの女性と半同棲状態、本気で愛しているんだと言いのけた瞬間、離婚を決めた。娘の早知子が「ママの単純さって暴力的」と言われたのは、早知子が高校生の頃。
鍵山工務店の社長の椅子は、父親に復帰してもらおうと思って、離婚の報告をした。老いて病んだ妻の介護に付くこと選んだ父親は、「つぶしてもいいから、自分でやってみなさい」。父親が興し、たった一代で資本金3,000万円、従業員11名の会社に育て上げた鍵山工務店を、郷子が責任を持たねばならない。
郷子が子どものころから、姫と呼び可愛がってくれた、専務取締役の棚橋のじいさま、同じく総務主任、陰の女帝と呼ばれる時江おば、ふたりの家老と女帝に助けられ、会社を切り盛りしていかなければいかない。
年商三億、経費を引けば、とんとんかちょっと赤字。自転車操業でも継続していくことが街場の工務店の努め。棚橋はそういうが、挨拶に言った銀行からは、公共工事からの撤退と、人員のリストラの宿題をもらう。自分だけならマンションの家賃収入だけで、食べていける。税理士からも廃業したほうがいいのではと忠告を受ける。だのに、会社を続けなければいけない。誰か助けて、もうイヤ。
リストラを断行すれば、やめさせるつもりのなかった必要な人間もリストラした人間について辞めてしまった。残るは、信頼していたら、実は心許ない山本、若手の工藤。山本は、仕事だけならできるのだが、コミニュケーションが苦手というか、優しいというか、気を遣いすぎて全部自分で飲み込んでしまうタイプ。そして、最後はクレームの嵐。郷子が社長になって、頭を下げないで済んだ日はない。
そんな鍵山工務店に、田所の紹介で梨央が入社。おんな二人の細腕繁盛記。さていかなることになることやら。鍵山工務店の未来は。そして梨央の恋心は・・。


やる気に充ち、自ら色々吸収しようと、進んで仕事をする梨央。如才なく、立ち居振る舞う梨央ではあるが、施主のわがままは、やはり大変。家という一生に一度の買い物をする訳だから、夢も膨らめば、希望も膨らむ。山本の苦労も、まんざら山本だけのせいではなかった。素人で入社すぐに現場監督の仕事を任され、苦労する梨央。でも、やりたいと思った仕事、前向きに仕事に励む。新しい環境に出ることで気分も一新、大きく成長する梨央。
イヤだ、イヤだと仕事を続け、誰も助けの手を差し出してくれない。いっそ自主廃業も、いやいや、合併の申し出も出てきた。そんな郷子であったが、梨央と接し、ともに働く中で、何かが変わる。そう、郷子も成長していく。
爽快な、女性二人の物語。大団円と、ちょっとうまく行き過ぎという指摘は否めないが、気軽にすいすい楽しく読める。しかし、それがこの作品の魅力。


この作品、サブテーマに人が住む、暮らすための家はかくあるべしというテーマがある。鍵山工務店、最後の仕事として、棚橋のじいさまが息子夫婦と住む自分の家を作る。その名も<寿限無亭>。タイトルは落語の「寿限無」の一節。昔ながら日本の家には、必ずあった縁側というものに拘った、人が生活するための一軒の家。マンションではない、大地にしっかりと根を生やし、何代もの人が住み、地域に広がる、そんな家。それこそ本当の家だと説く。
あぁ、そういえば昔はそんな家だったよなぁちょっと、懐かしく、共感できるエピソード。でも、一軒家なんて遠い夢。いつか持てたらいいね。
ただこのエピソードがあるお陰で、本作品がしっかりとした取材の上に書かれていることが分かる。そしてその取材を、作家が心から共感していればこそ作品にリアリティーと深みを与えているのだなと認識させられた。まさにいい仕事。こういう仕事は、佳作ながら気持ちよい。


蛇足:主人公梨央は、生き生きとして魅力的なんだけど、ちょっと如才なさすぎる。ま、主人公だから仕方ない、かな?
蛇足2:同じような女性を主人公とした「女たちのジハード」篠田節子、あるいは、主人公の女性というより飛び込んだ鳶職の世界を中心に書いた「鳶がクルリとヒキタクニオ(続編「アムステルダムの日本晴れ」)あたりも、本書を読んで気に入った方にはオススメの作品。