男は敵、女はもっと敵

男は敵、女はもっと敵

男は敵、女はもっと敵

「男は敵、女はもっと敵」山本幸久(2006)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、短編、連作、女性、仕事


え?っと思うほど平凡で凡庸な作品。この作家の得意とする相変わらずのほのぼのとした、温かい読後感・・のはずが、昨夜読了で、早くも記憶から薄い。
この後に読んでいる本も悪かった。食い合わせならぬ、読み合わせの悪さ。同じ30代女性を主人公とした短編集「ガール」(奥田英朗)を読みはじめている。山本の作品が、一つの作品に登場した主人公が次の作品の主人公になっていくという、登場人物を関連させた連作短編であり、奥田の作品が30代OLをテーマとするが、それぞれまったく別の主人公の物語という形式的な違いはあれど、中心となるのが30代の仕事に勤しむ女性という点では同じ。そういう意味で同じ土俵で勝負させられることは否めないだろう。しかし残念ながら奥田が上手すぎる。山本が狙うのは、決して強い女性を描くことではなく、主人公を中心としたふつうの人々の生活をおもしろ、あたたかく描くことであり、奥田の狙うものとは違う。しかしそれにしても、この作品はちょっと普通すぎる。かくして、読んでいる最中から、なんかぱっとしないと思っていたものが、さらに凡庸な作品に思えてならない。


デビュー以来、この作家は気になる存在であった。あたたかな眼差しで、普通のひとびとの些細な日常をあたたかく、ユーモラスに描き、人物・アイテムを関連させる連作スタイルを得意とし、自分のカラーとして確立させてきている。しかしカラーの確立とともに、安打ばかりを狙っているように思え、少しおもしろくない。もっとこうハジけるような勢いのある作品も狙って欲しい。
本作も、決して悪い訳ではない。しかし、どこかぴりりと来るものが感じられない。映画宣伝というちょっと特殊な仕事、現場を舞台にしておきながら、ぼくらがそういう世界に期待する、憧れるようなこととは縁遠い、ふつうの人々の「日常」が描かれている。傍から見ればかっこいい、仕事のできる主人公も、生活のために内実は親に何度もお金を借りなければならない始末。
この作家は、本作では映画業界、他の作品ではデザイン事務所と、一般の普通の人々がきらびやかに眩しく思うような世界を舞台にしながら、その内実を語るように、そんな世界もごく一部を除く大多数が、普通のどこにでもいるような人間、いやそれ以下の生活でしこしこと頑張っている姿を描く。普通の人々の生活を温かく見守るというスタイルがこの作家の魅力であることは否めないのだが、しかし穏やかな温かさだけがあり、こう何というか力強く頑張ろう!という気分にまでさせてくれない。そこがちょっと物足りない。とくに本作には、もっと力強さがあってもよいと思う。


高坂藍子、36歳。顔良し、スタイル良しの仕事も出来る才色兼備。小さな仕事でも全力で行うやり手のフリーの映画宣伝マンを生業とする。そんな彼女と彼女をめぐる人々を主人公とした短編連作集。「敵の女」「Aクラスの女」「本気の女」「都合のいい女」「昔の女」「不敵の女」の六話から成る。


「敵の女」
ミリタリーフェスティバルの小さいブースで、自分の担当する単館映画のために、軍服まで借りてきて仕事に臨む高坂藍子。そんな彼女の元に訪れるのは、経済的には藍子より恵まれた結婚生活を送る妹のくせに藍子より年寄りに見える妹の麻衣子、そして今はすっぱり別れたはずの、以前の不倫相手、西村。そんな西村が今更のこのこ現れて・・。
なかなか離婚してくれない西村への当てつけで、うだつのあがらないエディトリアルデザイナーと結婚したこともあったのだが・・・。
「三十五歳の女のひとに、結婚してくれって必死の形相で嘆願されたら、よほど切羽詰まってるんだなあって、可哀相になっちゃって、つい」
「Aクラスの女」
小さなデザイン会社に学校を卒業して勤めて一年半の池上真紀。恋人は二十歳近く年上のエディトリアルデザイナー。彼がつまらない女にひっかかって、先延ばしになっていたが、来月には籍を入れる。彼がひっかかったのは、高坂藍子。真紀がまだムサビの学生だったころバイトしていたデザイン事務所で一度会ったことがあるが、確かに女性としてもとても魅力的だった。そんな彼女が真紀のいる事務所に仕事のために訪れるという。会いたくないと思っていたのに・・。
「謝られても、あたし、あなたのこと許しません。」
「本気の女」
大湊八重、大学時代の広告研の同期だった広告代理店勤めの亭主と別れ、中学生の息子とふたり暮らし。元亭主は結婚している間に間抜けな理由で六回も浮気が発覚していた。いや、六回目には、浮気でなく本気なんだと言っていた。それが離婚のいきさつ。今はパート事務から、正社員になった会社でばりばり働いている。水商売の女しか見えない部下の吉口は見た目と違い、パソコンもこなし、事務能力も長けていた。やる気を見せるので、仕事をひとつ任せてみると、結構やる。それを認めてみたら、素直に涙まで流すじゃないか。そんな吉口の行きつけの居酒屋で、事件は起こる。
「しばらく男はいいです」「やつらは敵です」
「都合のいい女」
映画会社に勤める吾妻の彼女は大学生。一年ほど前の合コンで知り合ったのだが、自分でも彼女のことが好きなのかわからない。そんな彼が今度担当する映画の試写会にやってきたのはたった二人。映画評論会の長老、莉田平和、たしか九十を過ぎている、と藍子サン。以前、一度仕事を一緒にしたことのあるフリーの宣伝マン。仕事とはこうするもんだというものを教えてもらった。そして藍子サンといっしょに莉田翁とともに飲むことに・・。
「昔の女」
西村貢、大手代理店デンパクドーの部長。不倫相手と結婚するつもりで、妻と別れ、新居となるマンションまで購入したのに、プロポーズを断られた。それ以来、かかすことのなかった女とも縁遠くなり、AVのお世話になる始末。その上別れた妻のもとに置いてきた息子とオペラに行くつもりが、断られた。元妻が出るという草野球の見学に行くという。さらに悪い話は重なって・・。
元妻の野球の応援に来たはずだったが、試合に借り出される西村。
「プレイボール!」
「不敵の女」
そして再び主人公は高坂藍子。いろいろなつきあいから世田谷映画祭実行委員のひとりとして忙しくしているところに妹の麻衣子が現れた。いつもは高飛車な妹が今日はちょっと様子がおかしい。映画祭には色々な人が顔を出し・・。
「たしかになににも束縛はされてはいない。だからといって自由であるわけではない。女がひとりで生きていくとはそういうことなのである。」

本書のタイトルに想像される、男と女の、あるいは、女と女の足の引っ張り合いのようなものはこの作品のなかにはない。 それは今読んでいる「ガール」のほうに余程描かれている。「ガール」といういまのタイトルも秀逸だが、そういう意味では「ガール」のほうが、 よっぽど本書のタイトルに似合う。なぜ、こんなタイトルにしたのだろう?
また、せっかく映画界を舞台にしているのに、その設定を生かし切れたとはいえない。もう少し映画界のネタ話、楽屋話というものも欲しい。作品に書かれる、自分たちの生活とは別の世界の描写から情報を得、知識を膨らますのも読書の楽しみ。これは、蛇足で触れる小ネタをもてあそぶということとはちょっと違う。
そして本書最大の弱点は主人公がうまく書き切れていないこと。主人公を除く登場人物の心境は、理解でき、同感できるのだが、主人公である藍子のキャラクターがどうもすっきりしない。読んでいて主人公に同化できずに終わった。閉まりかけたエレベーターのドアに腕をはさませ、無理矢理こじ開け乗り込んでくる。悪戯好きな少年をとっつかまえ、尻をむき出しにしペンペン叩く。少年が迷惑をかけた相手の家へ謝りにいくのにつきそってやる。さっぱりとした、才色兼備。格好良くて、気持ちのいい女性。そのイメージが本書で書かれる無駄な不倫と、無駄な結婚にどうもマッチしない。この主人公には根本的に異性の影が見えてこない、似合わない。そこが、どうにもギャップに思える。
さきにも触れたが、この作品には、もう少し強さが欲しい。次なる希望へつながる強さが、。そしてこの主人公にはそれが充分似合う。うまくまとめた終わり方(でも最後の一行は不要か)ではあるが、これでは凡庸すぎる。魅力的な主人公を、もっと魅力的に、読者の心にインパクトを残す、そうした強さも山本幸久には必要なのかもしれない。


蛇足:他の作品を少し絡める読者サービスも健在。本作もスカイスイカ閣下の名前が出てきて、ニヤリとさせられらた。でも実は伊坂幸太郎も含め、これってちょっと反則なんじゃないかなと思うこともある。たしかにニヤリとしちゃうんだけどさ。
お友達のまみみっくすさんが小ネタについて、彼女のブログ「今日何読んだ?どうだった?? 」(2006/4/5)で詳しく触れているが、小ネタも使いすぎはやっぱり反則。
蛇足2:山本幸久を買うネットの本読み人さんたちの間でも、本作はちょっと不評。ガンバレ!山本幸久!それでもぼくは期待してる。