ガール

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「ガール」奥田英朗(2006)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、女性総合職、30代、キャリアウーマン


毎度のことながら、あらすじありです。未読者は、注意かな?


いや、おもしろかったぁ!
おもしろいという評判は、幾人かの本読み人仲間のレビューで知っていたのだが、30代女性OLの話にそれほど期待してなかった。あるいは期待してなかったが故にという部分もあるのかもしれないが、それ以上に、本当におもしろいと思える作品。奥田英朗やるなぁ。


仕事もそこそこにでき、会社でもある程度認められ、生活するにはお金も困らない。そんな30代OL達を主人公にし、彼女たちの葛藤、焦り、いらだちをユーモラスに描く短編集。頑張れキャリアウーマン!


「ヒロくん」
大手不動産会社に勤める武田聖子35歳、大学卒業後総合職として14年目に課長職を拝命した。三つ年上の、男性社員が問題だった。仕事はできるはずなの男なのだが、。男って、ホントに・・。でも、聖子には給料が聖子より少なくても全然気にしない最愛の旦那様ヒロくんがついている。
「マンション」
大手生保会社の広報課に勤める石原ゆかり34歳、男性社員が事なかれ主義で社内を向いて仕事をしているなか、ひとり好き勝手に振舞っているお蔭で「広報の石原都知事」なんて言われるほど。役員に媚を売るばかりでスケジュールの調整もできない秘書室の女性を相手に、孤軍奮闘。そんなゆかりだが、同じ独身の親友めぐみがマンションを購入すると聞き、ちょっと焦る。終の棲家なんてと思っていたが、書店にいけば女性向けのマンション購入本も山積み、モデルルームで見た青山のマンションがとても気になる。マンション購入を検討し始めてから、会社での今後の人生を考えるようになった聖子。そんな中、記念誌の原稿をめぐり役員たちが・・・。こんなの私らしくない!
「ガール」
大手広告代理店に勤めて10年、32歳になる滝川由紀子は、そろそろ自分が若い女の子と違うことを意識せずにはいられなくなってきた。若い女の子に対する扱いと、やはり変わってきている。会社の六つ先輩の光山晴子は、いまだに人の眼も気にせずガールを謳歌しているが・・・。光山とともに企画を提出した先の百貨店の担当、安西博子は由紀子と同じ年齢ながら地味なスーツをまとう堅物だった。その仕事でアクシデントが起きた、モデルがひとり来れなくなった、急遽代役が必要になり・・。女の子を楽しまなくっちゃ!
「ワーキング・マザー」
自動車メーカーの総合職、今年36歳になる平井孝子が営業部へ復帰したのは三年ぶりのことだった。32で離婚、29で産んだ息子は六歳になる。異動は、学童とホームヘルパーに息子を預けても心配のない自信がついてからの自らの希望だった。残業を家に持ち帰り、仕事を家庭を両立させる孝子。息子のために、部下に鉄棒やキャッチボールの仕方を教わったり。育児を錦の御旗にしない孝子に周囲も協力してくれた。
そんな彼女が営業部で立ち上げようとした企画が奪い取られそうになる。相手は販売部の同年代の女性社員、斉藤里佳子。育児を錦の御旗にしないつもりだったのだが、会議でつい話してしまった孝子であった。同じ社内でも販売部にまで孝子の境遇は知られてなかった・・。お互いの立場がわかれば理解しあえる。
「ひと回り」
34歳の小阪容子が勤める老舗文具メーカーでは、入社十年以上の社員が新人の個人指導にあたる「指導社員制度」が古くからあった。今年、容子は指導社員を命じられた。そこにやってきたのは、長身でハンサム、そして摺れてない初々しい好青年、和田慎太郎。ひとまわり下だと分っていながらも、心ときめき、気持ち華やぐ容子。慎太郎は社内外の女性にも評判がよく、慎太郎に取り入ろうとする女性たちに、容子は気が気でない。そんななか容子は、同年代より少し年上の男性たちと合コンをした。合コンさきのシティホテルを出たとき、慎太郎と会社の若い女の子の姿を見かけた容子は・・。小坂もやっとヤングを卒業したか。


冷静によくよく考えると30代でガールもないだろう、と思うものの(きゃぁ石を投げないで!)、読んでいる最中は本当に主人公たちに同化した。読みながら、頑張れ女の子!ってエールを送っていた。それくらい、奥田の描くそれぞれの主人公たちは、魅力的で、そして実在感があった。この作品の主人公たちは、みな大手の会社の総合職。そういう意味では、大多数の女子社員であるOLたちとは給与面でも、仕事での位置づけも違う。そういう意味では特殊なカテゴリーの女性たち。それでもきちんと現実感をもって書かれれば、性別や特殊なカテゴリーも飛び越えて読者は主人公に同化して楽しむことができるんだよなぁ、と改めて認識させられた作品。 さすがですな奥田英朗


ただふと思うのは、こういう小説は敢えて奥田英朗でなくてもいいんじゃないかなとという点。この作品がとても巧く、おもしろいことは認める。なんと言っても、多くの女性の本読み人仲間が、この作品に書かれた主人公たちの気持ちに共感し、リアリティーがあると述べる、あるいは男性である奥田英朗に女性の気持ちをここまで深く書かれてしまうと、見透かされているようで怖いとコメントすることからも明らか。しかしもし作家名を隠されて読んだら、奥田英朗の作品とは思わない。平安寿子かと思うゾ、きっと。それって、どうなのだろう?
作家でなく作品を語りたい。ぼくのレビューのスタンスは基本的にそういうつもり。しかし、逆に「蛇足」に触れた山本幸久が己のカラーを確立していくことに対し、いろいろな引き出しを持つといえば聞こえはいいが、誰が読んでも「奥田英朗」とわかるような個性の確立がそろそろ出来てきてもいいのではないのか、そういうことが少し思われた。
そういえば「バスジャック」(三崎亜紀)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/25645067.html ]を読んだときも、そんなこと思ったなぁ。
個人的には「邪魔」「最悪」で注目してきた作家奥田英朗。短編集である伊良部のシリーズもうまく、おもしろいと思うものの、やはり長編「サウスバウンド」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/13732182.html ]のおもしろさがこの作家の持ち味、個性であって欲しい。もちろん余技としての短編もいいが、それにしても目隠しされても「奥田英朗」を打ち出すような作品を書いて欲しい。そんな気持ちが読後に残った。


蛇足:「男は敵、女はもっと敵」(山本幸久)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/36698112.html ]を前日に読んでいたが、正直、可哀相。この本を読まなければ、もっと評価高くしてあげれたのに・・でも、ないか?ただ同じ時期に同じ30代のバリバリ働く女性を主題にした作品を発表することになったのは、少し不運か。
蛇足2:でこぽんさんがブログ「でこぽんの読書日記」(2006/2/27)で、主人公たちの気持ちが同じように見えて、失速していったのが残念と書いてますが、流石です。実は、ぼくもおもしろいけど、なんかなぁ・・という違和感を覚えていたのですが。あと蛇足で付け加えるならば、上にも少し触れたとおり、みんな女性総合職で、割と勝気な性格なんですよね。ぽっきんぽっきん金太郎の感、少しあり。