とげ

とげ

とげ

「とげ」山本甲士(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、現代、市役所

倉永晴之は南海市役所の市民相談室の主査。市民からの相談窓口である部署の中間管理職。上司と部下に挟まれ、市民の無理難題な相談にあきれはて、市役所のまさしくお役所的なことなかれ主義に振り回され、楽しみは家で飼うシロバーアロワナを見ながら飲む発泡酒(!)。まさしく小市民な主人公。そんな彼が、次から次へ事件にまきこまれていく物語。
売れっ子になる前の奥田英朗の「最悪」「邪魔」を思わせるような展開。もっとも、そこまでパワーはなく、日常の些細な事件の積み重ねといったところ。

巨大ワニの化石で有名となった関西の一都市南海市、その市役所の市民相談室主査、倉永晴之は毎日イライラすることばかり、上の顔色ばかり見て仕事をしない上司たち。うまくコミュニケーションがとれない若い女の部下。市民からの相談内容を、担当部署に連絡しようとしても、同じ役所内でのたらいまわしに遭う。そんな毎日。
「公園で本物のワニを見かけた。」ある市民からの通報を、きっかけに、晴之のまわりに次から次へと事件が起こる。上司の不正による逮捕。妻の飲酒運転による交通事故。酔っぱらった市長から受けた暴行事件。ことなかれ主義の役所の中で、晴之のイライラはどんどんたまっていく。

うまい、おもしろい。でも、☆3つ。爽快感が足りない。
物語は、きちんと晴之の逆転劇で終わる。でも、爽快感に不足する。その理由は、主人公晴之の小市民さにある。どこか、こずるい計算をしながら、たちふるまう。市長への反撃がその最たる例。嘘はいかんよ。そこが、心からの共感を抱けない理由。リアリーティーありすぎ、あるいはあまりに自分と近すぎる近親憎悪。
大悪党でもなく、正義の味方でもない小市民を描くという点は、作品として成功している。しかし、読み手として、どうしても高い評価にしたくない。できない、ではないのが微妙。

山本甲士には他に「どろ」「かび」という同種の小説があるようなので、気分がのったら読んでみたい。