サウスポー・キラー

サウスポー・キラー

サウスポー・キラー

「サウスポー・キラー」水原秀策(2005)☆☆☆★★
[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド、プロ野球八百長、このミス大賞

ひさびさに、ミステリーを読んだという感じ。ここのところ、わりと文芸とか、いわゆる小説が多かった。その意味で、気軽に、楽しく読めた。 第三回このミス大賞受賞作。おもしろくないわけではない。だが、、あともう少し。このミス大賞受賞作は、どれも、あともうひとつ何かが欲しいと思わせる気がする。本書もそのひとつ。
このミス大賞の評者香山二三郎氏が、巻末の選評で語る「一人称の語りはちょっと老成しすぎですが、主人公のキャラは好感度高いし、美女相手のロマンスもちゃんと用意されている」が、この作品の全てを表す。読みやすい、おもしろい。しかし、いまひとつ深みがない。

球界の紳士たれ。往年のスター選手で、天性のキラメキ、野生のカンと言えば聞こえはいいが、客観的にみればその場のおもいつきで采配を振るう葛城監督率いる、人気球団オリオールズ。主人公はオリオールズ入団2年目、左投手の沢村航(わたる)。運動部のイヤらしさを嫌い、高校で野球を辞めたが、大学三年から野球を再開した変わり者。大学卒業後、米国に留学しているところをドラフトで指名された。そんなある日、沢村は自宅マンション前で、見ず知らずの男に暴行を受ける。「約束は守るもんだろ」男の言うことがまったくわからない。約束とは何だ?なぜ私が?
数日後、球団、そしてマスコミに匿名メールが届く。「沢村は八百長事件に関わっている」。プロ野球において八百長は禁物。彼は、いわれなき告発を受け、四面楚歌に。このまま黙っていても、埒が明かない。彼は、自分なりに犯人を突き止めるべく、調査をはじめた。その結果、周到に計画されたワナに気づく、その被害者は自分だけでなく、幾人にもの被害者を生み出していたのだ・・。

主人公沢村は知的で、野球命の熱血バカではない。「私」の視点で書かれる形式は、ハードボイルドのそれ。決してスーパーマンでないのが、ぼくの大好きなマイクル・Z・リューインを代表とするネオ・ハードボイルド、等身大のヒーローといったところでよし。筋肉トレーンニングのこだわりの描写も、リアリティーを生み出す。でも、それを生かすために、科学的なトレーニングを否定する昔ながらの根性だけのコーチを登場させるのはいかがか?ここでは、逆にポイントを落とした。
オリオールズが、葛城監督が、実在の巨人軍であり長嶋茂雄をモチーフにしているのは誰でもわかる。だが、作品でその設定が活かされているとは思えない。作品を通じ、現実の球界に何かを訴えるというわけでもないので、仮託する意味がない。在京の人気球団、名物監督、独断的な球団オーナー程度の描写で充分。逆に、実際のチーム、人物の姿が頭にチラつく分、読みにくい。
とはいえ、野球の場面はお約束通りとしても、楽しめる。実際のスポーツはあまり好きでない僕であるが、小説、マンガで描かれるゲームは嫌いでない。野球、サッカー、麻雀(麻雀はスポーツでないが)、そうしたもののゲームをうまく描いた作品は好きだ。細かいルールを知らなくても、おもしろいと読ませることが小説。その点は及第。
全般的には、おもしろかった。しかし、そこが魅力のひとつでもあるのだが、主人公が野球を突き放して見ていることがか、はたまた八百長という球界にとって忌むべき存在を、徹底的に糾弾する姿勢を描ききれなかったせいなのか、どこか深みが不足している。八百長ですら、沢村にふりかかったアクシデントに過ぎない
ステレオタイプという感想をどこかの書評で見かけたが、いい意味でステレオタイプ、悪い意味でステレオタイプなのかもしれない。主人公と恋物語を見せる女優、黒坂美鈴とかの行動もそう。とくに彼女の最後の行動は、まさしくステレオタイプ。ほんと悪いワケではないのだが、。
このミス大賞受賞時のタイトル「スロウ・カーブ」を改題した「サウスポー・キラー」は、まさしく本書にぴったりのタイトル。改題成功。

しかし、本当の意味で魅力的だったのは、元警官の悪役高木邦彦、そしてスポーツ記者下平道子、といった脇役たち。ぜひ、次回作はこのふたりを、あるいはどちらかを活かした作品を期待する。