破裂

破裂

破裂

「破裂」久坂部羊(2004)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、医療、医療過誤、高齢社会、官僚

現代の奇書「廃用身」でデビューした久坂部羊の最新作。「廃用身」を読まれてない方はぜひ、ご一読を。可能ならハードカバーで、一切の予備知識を仕入れずに、読むべし。そして、やられてください。考えてください。
なお、以下は「廃用身」のネタバレを含むので、「廃用身」を読んでない方は、ご注意を。

ジャーナリストの松野公造は、新聞社時代の後輩から紹介された麻酔医江崎峻より、衝撃の言葉を聞く。「医師は一人前になるまでに、必然的に何人かの患者を殺します」。それは、単なる医療ミスでなく、現代の日本の医療養成システムに起きる不可避の犠牲だという。
彼の協力を得、集めた医師による数々の患者の死の証言、松野はそれを「痛恨の症例」と名づけノンフィクション大賞に応募しようとする。一方、江崎の勤める病院では、医療ミスによる患者の死が問題になっていた。患者の家族に内部告発の手紙が届いた。手術の際、針を体内に置き忘れたがために、術後数日にして患者が死に至ったのだ。その手術の執刀医は、近く控えた教授選挙の最右翼、心臓外科助教授香村鷹一郎。心臓治療に対し、画期的な治療法を研究しているエリート。もっとも、その研究には重大な欠陥を含んでおり、発表にはいたっていない。
その、香村の研究の欠陥こそ日本の高齢化社会に対する福音だと、厚生労働省の官僚佐久間和尚が香村に接近する。そして高齢者社会の切り札としてプロジェクト「天寿」そしてPPPキャンペーンを開始する。
自らも心の傷を負い、麻酔薬に逃げ道を求める江崎を主人公とし、医療ミスへの訴訟、大学病院内での権力抗争、高齢化社会への問題提起を投げかけた一冊。

「破裂」は、帯に「平成の白い巨塔」と書かれているが、まさしくその通り。いい意味、悪い意味で「白い巨塔」。
いい意味:医療過誤事件を通した、医師、役人の権力や野望の物語。それぞれに個性的に描かれた(とはいえ、ややもするとステレイタイプの)登場人物たちが描く人間模様。おもしろい読み物である。450ページ、二段組みと、久々にぐぐっとくる容量であるが、案外気軽に読めた。下記に述べる、思い入れがなければ、もしかして、すごくおもしろい作品として評価したかも。

☆以下のアーティクル「廃用身」ネタバレ含む
悪い意味:前作「廃用身」で描いた、考えさせられる嘘が、今回は焦点ではない。読み手としての僕は、そこに焦点が当てられることを期待して読んでいた。ところが、今回の嘘、問題提起は、結局人間模様を描くための道具でしかなく、尻つぼみの感。久坂部羊の狙いが、医療ミステリー作家として「廃用身」のスタイルだけでなく、人間模様も書けるところを見せようとしたのかもしれないが、。
確かに現役医者の書く、真実を織り交ぜた嘘の世界はリアリティーがある。それが故に本作品のおもしろさが増しているのは事実だが。問題提起が大きいだけにもったいない。

さて、本書でとりあげられた、考えさせられる問題はふたつ、「大勢の医療従事者が、当たり前のように経験している患者の死」と「あるいは高齢化社会のあるべき、高齢者用医療の姿とは」。
すごく大きく考えさせられるテーマふたつなのだが、実は作品なりの結論をもたないまま流れてしまった。どちらか一方でも、もっとほりさげるべきであった。いや、今回もぜひ「高齢者」というテーマに主眼において書くべきだった。「白い巨塔」を、現代の設定に変えても、「白い巨塔」に敵わない。ならば、久坂部羊は彼のオリジナリティーとして、医療における問題提起を武器にすべきだ。

一冊の作品としてみた場合、大風呂敷を広げすぎてしまい、最後でむりやり集束させた感が否めない。しかし、一読の価値は十分あり。ぜひ、本読み人には読んでおいて欲しい一冊だ