イッツ・オンリー・トーク

イッツ・オンリー・トーク

イッツ・オンリー・トーク

「イッツ・オンリー・トーク」絲山 秋子(2004)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、文芸、文学、文学界新人賞

ここのところ、ネットのぼくのまわりで話題の作家。幾編かを読んでいるが、本作が彼女のデビュー作。第96回文学界新人賞受賞。本書は表題作「イッツ・オンリー・トーク」「第七障害」の二作からなる。

「イッツ・オンリー・トーク」舞台は蒲田。とくに理由もなく、山手線で路線図を見て、引っ越しを決めた。引っ越しの朝、男に振られた。それだけのこと。
引っ越した蒲田の街で、大学時代の友人と出会う。都議候補で、街頭演説をしていた。彼と飲んで、そのまますることに。好き嫌いでもなく、淋しいのでもない。「お互いの距離を計りあって苦しいコミュニケーションをするより寝てしまった方が自然だし楽なのだ」「だがしてしまえばそれっきりで、そうやって私の周りからは男友達が一人ずつ姿を消していくのだった。」
主人公は、精神病を患い、入院、会社を辞め、貯金を切り崩しながら画家として暮らす女性、橘優子。冒頭EDの都議候補。定期的に会う痴漢。おちこぼれの元ひもでパチプロくずれの従兄弟。優子の作る、精神病のサイトを通じ知り合ったヤクザ。蒲田という、「猥雑で小汚く」、「粋のない」街を舞台に、淡々と日々を過ごす優子と彼女をとりまく男たちの物語。

ふうん、なのだ。何かがある、と思わせる作品だが、その何かが「何」かよくわからない。簡単に男性としてしまう彼女の姿を、現代の若者の風潮になぞらえて語ることは簡単だが、それも作品の本質と違う。精神病の経歴も、何かあるようだが、今の優子はそれを乗り越えている。優子の何かあるように見える、平凡な日常。
出会い系で知り合った定期的に会う名前も知らない痴漢との描写が、あまりに切ない。深く交わることより、ある線を越えないところまでの心地よさを楽しむ。肉体のそれを描いていながら、それは精神の交わりの拒絶を表す。そしてその心地よさに思いをはせ、共感せずにはいられない自分に気づく。傷つくことを恐れるより、傷つくことを知らない、傷つくという事を認知することさえ遠くにあって欲しい。あ、ぼくも、いまどきなのか。

蒲田の近くの街に、高校の頃から10年近く住んでいた。それが故にぼくはこの作品の中に、蒲田を感じなかった。感じたのは蒲田という土地のイメージのみ。この作品では、それで成功なんだけど。あの街、あの頃と、今はまた変わっているのだろうな。

併録の「第七障害」は、乗馬中の事故で、乗っていた馬を死なせた女性の話。馬の死にとらわれ、それを乗り越えて行く姿。やはり、自分のスタイルで淡々と生きていく姿を描く。肩のひじはらない成長譚であり、素直に読める。「イッツ・オンリー・トーク」よりこっちのほうが買いか。

まだまだ評価の定まらない作家。人にオススメできるほどでもないが、ちょっと気になるというところ。