ダックスフントのワープ

ダックスフントのワープ (文春文庫)

ダックスフントのワープ (文春文庫)

ダックスフントのワープ」(文春文庫版)藤原伊織(2000)☆☆☆☆★
※[913]、国内、小説、現代、文芸、文学

テキストとしたのは2000年発行文春文庫版。文庫版は表題作「ダックスフントのワープ」「ネズミ焼きの贈り物」に加え、「ノエル」「ユーレイ」を追録、四篇の短編からなる。表題作は、代表作「テロリストのパラソル」(1995)で史上初の江戸川乱歩賞直木賞を受賞した藤原伊織のデビュー作。第九回すばる文学賞(1985)の純文学作品、だそう。文学作品である

デビュー作から二作目の「テロリストのパラソル」までの10年間は長い。文学作品からいわゆる小説への転身。作家の来し方を云々するつもりはないが情報として、サラリーマンとの兼業作家から2000年に専業作家へ、2005年食道癌であることを告白。5年生存率20%だそう。最新作「シリウスの道」を2005年6月に発表。どちらかというと「テロリスト〜」より、同氏の「蚊トンボ白鬚の冒険」のようなエンターテイメント性の高い作品のよう。こちらも現在図書館に予約中。

さて、本作品、村上春樹的と評されることが多い。なるほど、申し訳ないがその通り。文体、風合い、寓話の作り方、作品の乾き具合、村上春樹的である。それがいいのか、悪いのかは別として、個人的には好きな作品。ただ、それが藤原氏が文学作品から、いわゆる小説へ転身した理由の一端なのかもしれない。

ダックスフントのワープ」
広辞苑を最低いち日に最低五ページ読む、十歳の自閉気味と言われるが聡明な少女マリ。高名な建築家の父と僅か10歳しか年齢の違わない義母の娘。そんな彼女の家庭教師として、大学の心理学科に通う主人公の「僕」は、相場の十倍の報酬で雇われた。家庭教師と言っても、勉強を教えるのではない。マリの心を人に向かわせるために、会話を交わす、一種のカウンセリング。そこで僕は、年老いたダックスフントが、少女との衝突を避けるために砂漠へワープする話をする。そこは、死と隣り合わせの世界、そこでダックフントは冒険をする。言葉遊びのような会話を続ける中で、マリは僕に心を開いていた。その年ごろの子どもなら使わないような、言葉を敢て選び、言葉の使い方を確認しながら話すマリ。そうした僕との関係のなかで、自分を確立し成長するマリ。ある日、いままでうまくいかなかった義母と一緒に出かけたマリは・・。

純文学としては、分かりやすい作品。「分かる」というのは、「なんとなく理解できるような気になる」という意味で、小説、文芸としても、純粋におもしろい作品であった。当然、文学として「理解」しようとするならば、もっと読み込む必要がある。たとえば、マリの担任にの女教師の素通しのメガネの意味する象徴とか。そんな解釈は置いておく。
虚無的に、哀しい物語。ダックフントの寓話も哀しければ、マリの物語哀しい。人間て哀しいね、なんて簡単な言葉でひとことでくくるべきでないのだが。全編に流れる、さらっとした乾き具合が心地よい。またこの乾き具合が、村上春樹に似ている。難しい。村上春樹なら二人はいらないし、藤原伊織なら、このジャンルにいて欲しかった。

併録の三篇も、気持ちよく乾いて、虚無的で、シニカルでいい。
「ネズミ焼きの贈り物」書店で、少女の万引きの現場を偶然見かけた主人公。犯行に気づいたガードマンに連行される少女を、非常階段で助ける。少女は大学時代の友人の妹千代、三年ぶりに会った。当時、主人公のことを一方的に友人と決めつけた千代の兄は、風呂場で沸騰して死んでいた。バカな兄。千代は昔から、兄のことをバカにしていた。千代の年齢や外見にそぐわない、哲学書の並んだ本棚と、雑然と散らかし放題の千代の部屋で、彼の話を聞き、一夜を過ごした主人公。帰宅した彼の部屋で待っていたのは、昨夜、千代を助けるために、階段で突き落としたガードマンの新聞記事だった。

「ノエル」
女子高1年、翔子の八歳の弟ノエルは、実は別れた両親の軽はずみの行動によって出来た不義の子。そのことを知った翔子は、ノエルの本当の父がノエルに送ったという、二人で可愛がっていた人形ミーアンを捨てることを決意した。その人形はビスクドールで、その価値は外車を買えるほどのもの。自分の出生の秘密を知らないノエルは、翔子とともに人形を海に捨てに行く。・・これ、ラストがちょっと哀しすぎる、痛い。
「ユーレイ」
叔父の経営するアンティークショップの住み込み店員である主人公僕の前に、ある日ユーレイが現れる。彼女は毎日かっきり午後二時、こちら側にあらわれ、正確に四時間後、あちら側にもどっていく。ポーランドの血が四分の一混じっているので、カタカナでユーレイなのだと彼女はうそぶく。ユーレイとして過ごした二十年間の最終目的として、彼女は僕の勤めるこの店に現れた。彼女と会話を交わし過ごす日々。そして、彼女がユーレイとなった理由と、彼女の最終目的地を知った僕。・・・彼女はがユーレイになった理由が「ノエル」のラストと重なる。もっとどろどろしたもののはずなのに、藤原氏の筆は、それをさらりと描く。

あぁぁ、また、こんなに長くなってしまった。最近、自分のスタイルに悩む。