れんげ野原のまんなかで

「れんげ野原のまんなかで」森谷明子(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、図書館

秋庭市のハズレ、ススキ野原の真ん中に立つ秋庭市立秋葉図書。行政上の色々な理由から、いったんは建設自体頓挫しそうな図書館だったが、この辺りの大地主秋葉氏の土地の寄付によって、完成した。だから、土地の寄贈者の名をとって、秋葉図書館。しかし、場所の辺鄙さもあり、利用者の数は少ない。そんな図書館に配属された新米司書文子と、彼女を温かく見守り育てようとする二人の先輩司書のまわりに起こる、日常の謎とその解決を描く作品。連作短編の形式で、図書館の初冬から春の姿を描く。

某ネットサービスで「図書館で本を借りる」というコミュニティを立ち上げているぼくにとって、ネットの知人の幾人かがblog等で紹介しているのを見て、思い入れたっぷりに、とても読みたかった作品。実は大学時代、資格までは至らなかったが司書の授業の幾つかをとっていたのもその理由のひとつ。

感想。残念ながら、ちょっとがっかり。これは主観。客観的に評すると、たぶん一般的には小品の佳作ということで、もっと評価が高くなると思う。日常のミステリーとして、謎自体が薄いことはともかく、図書館を舞台にしたちょっと心温まる作品という点には異は唱えない。では、何ががっかりだったのか。
第一話がいいのだ。図書館の閉館時になると、小学生の男の子たちが居残り鬼ごっこを始める。職員たちに見つからないように、いろんなとこに隠れこむ。なぜ、そんな遊びが流行っているのか・・。その謎は、ある児童文学に回答が隠されていた。ネタバレになるので、作品名は明かさない。しかし、この児童文学を読んでいた人は、その主人公の少女の名前が出てきた瞬間にニヤリ、そして、むかし、わくわくどきどきしながらその本を読んだことを思い出すのだ。つまり、そんな作品が続くことを期待していたのだ。しかし、第二話。これは、いい意味で期待を裏切ってくれた。今度は、図書館の本を使った暗号。図書館を舞台に、淡い、昔の恋を、じれったくなるほどの手段を使って伝えようとする謎の人物。ちょっともの哀しいところもいい。
ところが、どうもこの後がちょっといけなかった。第三話以降は、どうも小さい悪意なのかもしれないが、悪意を持つ人々が登場する。それは、とても小さな悪意で、きちんと作品の中で解決しているのだが、。しかし、この作品は、全編、善意ある人々の物語でよかったのではと思う。
文子の突然の恋心、あるいは文子へ好意を抱く者の登場も唐突。とくに文子の恋心のベクトルは、ちょっと感心しない。もう少し、細やかに、徐々に、温かく、進んで欲しかった。
文子を始め、先輩司書の能勢、日野の同期コンビ。大地主の秋葉氏。図書館利用の老人、深雪さん。心温かく活きたキャラクターたちは、とても好感をもてる、そんな作品。が故に、悪意ある人の登場は残念。
それはさておき、とにかく一話がいい。問題の児童文学が未読の方はぜひ、一話を読んだあと、問題の児童文学を読んで、また一話を読み返して欲しい。願わくば、この作家には、一話の形式で、別の作品を発表して欲しい。

ところで、れんげ野原は、再来年から水田になってしまうのか?