ロング・グッドバイ

THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ

THE WRONG GOODBYE ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイ矢作俊彦(2004)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、現代、ミステリー、ハードボイルド

[Long]ではなくThe [Wrong] googbye。[長い]でなく、[間違った、誤った]お別れ。
591ページに及ぶ長編。ハードボイルド・ファンはしびれているようだが、正直、ちょっとだれた。ちょっと風呂敷を広げすぎの感はある。ベトナム戦争にまで世界が広がるのはどうなのだろう。いや、横須賀、米兵、米軍をテーマにした場合は決して遠くない題材なのか。

ネットの書評で皆が触れているがチャンドラーの名作「長いお別れ (The Long Good-bye)」へのオマージュというか、いい意味でのパロディ。静謐なハードボイルド。主人公は己の信条を守ることを第一義とし権力に屈することなく、事件の真相を淡々と調査し、真実を明かそうとする。

舞台は「長嶋の率いる野球チームがダイエー・ホークスを破って日本一になった年」2000年の横須賀・横浜。神奈川県警の刑事二村は、張り込みの帰途に寄った横須賀の飲食店で、愛すべき酔っ払い、もと撃墜王と名乗るビリーと出会ったことから事件に巻きこまれる。夜間飛行をしなければならなくなった、友人として車で送ってくれと、ビリーに頼まれた二村は、ビリーを拝島の先にある米軍のキャンプまで送る。99時間後にまた会おう。ビリーは百ドル紙幣をふたつにちぎって、半分を二村に渡し、飛び立っていった。しかし、そのままビリーは消息を絶った。まもなく、ビリーの残した車から女性の死体が発見された。窮地に追い込まれる二村。
刑事という仕事から、県警の図書館資料準備室という閑職に異動させられた二村は、時間だけはたっぷりあった。そんな二村に横須賀署の昔馴染みから人探しの依頼が舞い込む。美貌のヴァイオリニスト、アイリーン・スーの義母が失踪した、探して欲しい。横須賀。横浜。米軍基地を舞台に、二村とそれぞれに思惑をもった組織との静かな闘いが始まる・・。

いい意味でハードボイルド。気持ちや感情でなく、物事や動きの描写の中で物語は進む。現代の日本に「存在しない」ノスタルジーに溢れてる。横須賀の街並み、横浜中華街裏、あるいは山下公園。米ドルが元気な時代にあった、猥雑さと、混沌。それが本当に良かったのかどうか別として、作品のなかでは郷愁をもって語られる。ホテル・ニューグランドは金儲けしか頭のない不動産屋が社長を送り込み、相変わらず大した腕前のバーマンに、経営者はティーポットを運ばせている、そうだ。

雰囲気は◎。長く、厚い一冊であったが、すんなり読めた。しかし、作品としてはどうか?先に触れたとおり、物語は米軍との絡みから、ベトナム戦争時代まで遡る巨悪にたどりつく。二村自身はまるで予期もせず、ただ淡々と丹念に事件を追っていった結果だが、。そこが大風呂敷すぎないか?一介の地方公務員(県警)である主人公がたどりつく事件としてどうなのだろうか?巨悪を暴くことを目的としていない作品のため、二村は最後の結果まで見ず、この舞台から降りてしまう。しかし、作品として自分の知りたい真相だけ知ればいいのか、二村!
たぶん、ここがぼくの消化不良の一要因。淡々と調査することから巨悪に結びつき、それを正義の旗印の下暴いていくなら、読者もカタルシスをもっと得るのでは?しかし、ハードボイルドのこの作品では、カタルシスを得るまで問題は解決されていない。正統派ハードボイルドはこういうものなのだとうそぶくかのように。ただ淡々と、淡々と。

嫌いではない、しかし作品として評価するなら、☆3つか。個人的には雰囲気だけで☆4つあげたいのだが。

この二村を主人公とした作品に「リンゴォ・キッドの休日」(1978)、「真夜中へもう一歩」(1985)がある。ともにハード・ボイルドだそうだ。読んだかもしれないし、読んでないかもしれない。残念ながら記憶にない。図書館の書架で見かけた記憶があるので、今度借りてみよう。いつになるかわからないが。

蛇足:矢作氏の作品で一番好きなのは、亜流かもしれないが「スズキさんの休息と遍歴;またはかくも誇らかなるドーシーボーの騎行」だな。いいよ。ホント。