生まれる森

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生まれる森

「生まれる森」島本理生(2004)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、文芸

「リトル・バイ・リトル」に続き、島本理生を読んでみた。
あ。やっぱり、好きかもしれない、この作家。素直に、自然に、節度をもって淡々と語られる。心にすっと沁み込んでいく。静謐とまではいわないまでも、おだやかに、静かな風景。好きだった人を忘れられないとか、別れたあと「気軽な」男の子たちとお近づきになり、「心当たりがありすぎて絞れない」望まぬ妊娠と中絶というエピソードを含みつつも、どろどろしない、さらっと流す。薄いとか、甘いという指摘も的を外してないとは思うが、この作家、作品の魅力、チカラってそこにある気がする。
ええ、主観的に許してしまったあとの弁護です(笑。

高校時代、年齢の離れた予備校の講師サイトウさんとの出会いと別れを経験した野田は、しかしその別れをうまく昇華させることができず、心のどこかでひきずった状態であった。そのことより、気軽な男の子たちとお近づきになり、望まぬ妊娠と中絶も経験した。大学の友人が帰省する間、友人の部屋を借り一人暮らしをすることになった。今までと違う生活。高校の友人で唯一、妊娠と中絶の件を打ち明けたキクちゃんとの交流、そしてその家族との交流を通し、少しずつ前進していく野田。そこには無理な気負いもてらいもない。ただ淡々と、静かに、野田の心の傷が癒されていく姿がある・・。

唐突に物語に入ってきた、キクちゃんファミリー。お父さんのバイタリティーあふれる姿に、一瞬どうなるかと思ったが、しかし、お父さんはすぐ退場。残されたキクちゃんの兄雪生、弟夏生が、それぞれよかった。やはり心に傷を持つ、片親の責任感あふれる長男雪生が、静かにあたたかく、野田を見守る。不器用に、じれったく野田に想いを寄せながら。バンドのボーカルをやっている夏生も、野田を受け入れ、野田のバイト先に顔を出したり、バンドのテープを渡したり。
友人一家が突然主人公に絡むシチュエーションとしての不自然さや、その家族が、いまどきなのに仲良すぎるとかの設定の無理は一瞬感じる。そこだけは確かに不自然であり、欠点でもある。
しかし、主人公が作品を通し、静かに傷を癒すためには、これらの人物の登場は至極尤もであった。実際、キクちゃん一家が突然、唐突に登場してきたと思った以外は、自然に読み進むことができた。とくに自然に母親役をやってしまう、いい人、雪生に対してはこれからとても頑張らなければ、野田に置いていかれちゃうぞと要らぬ心配をもしてしまった(苦笑。

一歩間違えると、無個性とも感じられる島本理生、これからどのように進んでいくのか楽しみな作家の一人となった。