精霊の守り人

精霊の守り人 (偕成社ワンダーランド)

精霊の守り人 (偕成社ワンダーランド)

精霊の守り人上橋菜穂子(1996)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、冒険小説、ヒロイック・ファンタジー、児童文学

ネットの本読み人仲間八方美人男さんオススメの上橋菜穂子。丁度、ネットのコミュニティでも話題になっていた守り人シリーズの第一作の本書を図書館に予約、読んでみた。
正直、ちょっと、期待しすぎたせいか新鮮な驚きには至らなかった。ファンタジーというよりヒロイック・ファンタジーと言ったほうが正しい。そう、栗本薫の「グイン・サーガ」のように。きちんと世界を創りあげているという点では、ハイ・ファンタジーであり、「ファンタジー」で間違いないが、単純にファンタジーを期待するとちょっとはぐらかされるかも。ナウシカとかに想いを馳せる人にはぴったりかも。主人公バルサは確かにリアルでかっこいい。評価は☆4つに満たない☆3つ。次回作以降に期待。
って、このシリーズこの後「闇の守り人」「夢の守り人」「神の守り人」と外伝である「虚空の旅人」「蒼路の旅人」に続いているんだけどね。

ネットの幾つかの書評で見かけた、果たしてこれは児童文学であろうかと問いかけること、それは確かに納得できる。それほどに完成度が高く、またハードである。主人公は女用心棒バルサ30歳(!)、「化粧ひとつしてない顔は日にやけて、すでに小じわがみえる。」そんな、身も蓋もない言い方あるだろうか。しかし戦いは経験であり、30歳は用心棒として油の乗った時期である。戦いでも、相手の骨は折るは、腹から肩まで切られ、幾針も縫わざるを得なくなったり、正義の味方だって、傷つくし、血を流すのだ。なんともリアリティーにあふれる作品。
しかし、児童文学は「子どもも読める文学」であり、本書は子どもが読むことを前提に、ハードな内容を、あえて平易な文章で描いている。その限りにおいては、本書はれっきとした児童文学。
単純な勧善懲悪でなく、立場によって変わる正義、正義とは絶対なものでなく、相対のものであるということを教えてくれる。ま、卵食いは完全な悪者ではあるが。これも、いわゆる悪意ではない。そういう定めを持った生き物なのだ。

短槍の使い手、用心棒バルサはひょんなことから急流にに溺れようとするヨゴ皇国の第二王子チャグムを救った。お礼の席でチャグムの母である二ノ后から、チャグムに帝より暗殺の指令が出ており、安全な場所まで逃がしてくれるよう依頼される。星読み博士によれば、チャグムには何か得体の知れないモノがとり憑いているという。そんなものにやどられたと噂がひろまれば、帝の威信に傷がつくという理由から狙われるという。依頼を受けたバルサとチャグムの逃避行が始まる・・。

女用心棒バルサといい、バルサの幼馴染で、バルサを見守り、好意を寄せる薬草師タンダ、その師匠である呪術師トルガイ、王家の威信を守ること、それが民を不安なく統べる王の定めとし、政治を行うことに私心なく勤める星導師、その弟子若き星読師シュガ、「帝の影」として、陰ながら国のために働く「狩人」、各登場人物に悪者はいない。それぞれの立場で、それぞれの任務を全うする。それぞれの設定も、描く内容もしっかりして、過不足ない。非常によくできた作品。

しかし、しかし、どこか心に響くものが足りない。もう少し、人間らしく、感情をもってもいいのでは。チャグムがなぜ自分がと嘆き悩んだり、バルサとタンダのエピソードなど、人間らしいエピソードがないわけでない。しかし、あともう少し何かが欲しい。
それは、作品があまりにしっかりしすぎているせいだろうか。どきどきわくわくといった高揚感や、先行きの見えない不安感といったものがぼくには感じられなかった。あたかも予定調和のよう。たぶん、うますぎるんだ。

蛇足:個人的には文化人類学者の描く、ありうべき伝承、伝説、世界は好ましいのだが、なにもそれらしい名前まで創る必要はなかったんのではと思う。卵食いは、卵食いでよし。人名はともかく、土の民、水の民、精霊の守り人、水の守り手で充分。字面からわかる読みやすさもいいじゃないかと思う。世界観を作家が確立したい気持ちは理解できないわけではないのだが、やりすぎな気がする。

[参考]八方美人男さんの同作品書評http://www2u.biglobe.ne.jp/~BIJIN-8/fsyohyo/m_seirei.html