戒

「戒」小山歩(2002)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、小説、ファンタジー、物語、舞、日本ファンタジー文学大賞優秀賞

読め!読め!とにかく読め!この作品をこのまま埋もれさせてはいけない。消失させてはいけない。
図書館に走れ!本屋に走れ!

やっと見つけたネットでの書評で、この作品を隠れた名作と評する人がいた。
至極、同意。なぜ、これほどまでに、誰も知らないのか?ネットでもほとんど書評を見かけない。
酒見賢一を生み、昨年度は「ボーナス・トラック」(越谷オサム)で本読み人に確かに評価される作品を生んできた、日本ファンタジー文学大賞の2002年度優秀作。個人的には、この賞を不遇の文学賞と呼んで久しいが、この作品を埋もれさせたままにしておくのは、本読み人として忍びない。故に、再読し、ここに遍く本読み人に薦める。いいから、読め。騙されたと思って読め。文句があれば、言ってくれ。読まないことには始まらないのだ。
そして、ほんの少しでも心の琴線に触れたなら、誰かにそっと薦めて欲しい。そんな一冊。

戒、戒、家がないから小屋に住む。戒、戒、家がないから小屋に住む・・・

帯沙半島の沙南で戒の墓が見つかった。戒とは、紀元頃、沙南地方に生きたとされた伝説の奇人。歴史上の嫌われ者。身体は人間だが、顔は真っ赤な猿の顔。舞舞いで、沙南の小国・再の国の王、明公に取り入り、彼を誑かし、堕落させ、再を滅亡の縁に追いやった逆臣とされていた。しかし、この度発見された戒の遺体の下に敷かれていた護り布には、湖妃の字で、たった一言「再王」とだけあった。湖妃は明公の正妃で、滅亡の縁にあった再国において、明公を支えた賢母ともいう人物。戒を憎んでこその人物が、なぜ戒の冥福を祈願していたのか。古代帯沙半島で、彼らに何が起こっていたのか・・。

戒は、再の延毅将軍の第一子、延毅将軍の第二婦人晶婦人を母に持つ。再の国王となる公子明より三日早く生を受けた。その関係より、母晶婦人は公子明の乳母となり、戒と公子明は乳兄弟として、ともに育った。晶婦人の戒への教育は、徹底して、公子明をたてることを教えた。聡明な戒は、幼い頃から愛する母の教えを頑なに守り、公子明をたて、陰になり、道化に徹して生きてきた。やがて再の王となった明公をたてるため、家を捨て、舞舞いとして、宮廷の広間に小屋を建て住む。天賦の舞の才能で、人々を心の底から感動させても、道化の姿にまどわされ、誰も正当に戒を評価しない。ただの戯れ、道化だと信じている。ごく一部の真に聡明な者を除いて、誰も、戒の本当の姿を知らない・・。

再読して、心が震えた。
再と、再の王明公に徹底して仕えた戒の姿を描くこの作品。幼い頃より、戒の本当の姿を知っていた幼馴染、湖妃との恋も、自ら身を引く戒。戒を、己を唯一頼む相手として結婚したはずの旅の踊り子夏雨は、その奔放さより、いつしか都の人々に受け入れられており、一抹の寂しさを覚える戒。旅先で知った、己の出生の秘密に驚く戒。道化のはずの戒が迷う。迷えば迷うほどはまる心の迷宮。しかし、戒は自らが愛されていると知ったとき、ただの舞舞いにもどる。再の国を守るため、両軍合わせて四万という大群の間で戒は舞う、たった独りで、四日四晩舞う覚悟をした戒。そのとき奇跡は起こった。スペクタクル映画のいちシーンかと思うほどのラストシーン。
悲痛に舞う戒の姿に、涙を流し得ない。なぜお前は、そこまでして舞うのか・・。

22歳という若さで受賞したこの作家、いや若さはどうでもよい、残念なのは、このあとに作品の発表がない。とても、期待している。この作品こそまさしく日本ファンタジー文学大賞が生んだ、巨匠酒見賢一の正統な後継者の作品と思っている。歴史小説の体をとり、あたかも史実のように語る、その語り口。酒見賢一は二人はいらないが、小山歩として、ぜひ「戒」に劣らぬ作品を発表して欲しい。切に待ち望んで、もはやニ年経つ・・。

正直、佳作かもしれない。しかし、読む価値はあり。絶対に。

蛇足:この作品を読んでいて、「愛のアランフェス」「昴」「SWAN」「アラベスク」などの、踊りや、バレエ、フィギアスケートを扱ったマンガを思い出した。物語や、マンガで、舞いを伝えることができる作品って、やはりスゴイ。