闇の守り人

闇の守り人 (偕成社ワンダーランド)

闇の守り人 (偕成社ワンダーランド)

「闇の守り人」上橋菜穂子(1999)☆☆☆☆★
※[913]、国内、ファンタジー、児童文学、冒険小説、女用心棒バルサ守り人シリーズ

運命は、自分で選び、勝ち取ること。

陰謀に巻き込まれた幼いバルサの命を守るため、バルサを連れ故郷を捨てた、今は亡き養父ジグロ。彼らを追う旧王も今は亡い。ジグロの氏族の間だけでも、彼のの本当の姿を知ってもらい、彼の汚名を晴らそうと、バルサは生まれ故郷であるカンバルを訪れることにした。その途上、暗闇の洞窟で出会った兄妹、彼らを守るために闘った洞窟に住む闇の守り人。バルサの物語がまた始まる・・。

カンバルの国はとても貧しい国であった。男たちは、冬場になると出稼ぎにいかなければならない。この国では「青光石(ルイシャ)贈り」という伝統の儀式があった。約20年に一度、山の洞窟に住むと云われる山の王より、青光石という高価な宝石がカンバルの国に贈られる。この宝石を外部の国に売ることで、カンバルの国は食料を得ることができた。儀式は、山の王の呼びかけに応え、「王の槍」と称される各氏族の直系の男子から選ばれた槍の遣い手たちから、さらに選ばれた者が、闇の守り人と戦い、鎮めることで、宝石を贈られるというものである。しかしこの儀式も、山の王の呼び声が聞かれなくなり35年が過ぎようとしている。カンバルの国はますます貧しくなっていた。

女用心棒バルサを主人公とした守り人シリーズ、「精霊の守り人http://d.hatena.ne.jp/snowkids99/20050816/1124161823に続く二作目。
これはおもしろかった。第一作に感じていた微妙な違和感を感じることなく読めた。それは、きっと、冒頭にあげた一文に象徴される。
この作品の主人公は間違いなくバルサである。しかし、もう一人、カッサという少年も主人公である。氏族の傍流にあり、決して脚光をあびることのない立場にある彼が、自らの意志で、運命を、冒険を選び取り、成長していく。あまた多くあるファンタジー作品のなかで彼が行った冒険はそれほど大したものでない。しかし、彼が自らの意志で選び取ったということが重要。
ぼくは、物語が大好きだ。そしてとくに男の子の物語が好きだ。そこにあるのは「成長」という言葉、物語。男の子は冒険を通し成長していく。この作品は、バルサの物語であるが、カッサという少年の成長譚でもある。前作の「精霊の守り人」でも、チャグムという少年がいた。彼は、カッサと大きく違った。チャグムは運命というものに流されていた。自分で選び、勝ち取ったわけでない。ただ受け入れただけ。旅の途中で選び、勝ち取ることもできたはずなのに、嘆いてばかりだった。ああ、ここが前作で違和感を覚えた部分だったのかと、本作を読んで強く感じた。少年のすべてが、運命を自らの意志で選ぶほど強くないのかもしれない。受け入れるという、選び方もあるのかもしれない。それも真実。ただ読み手としては、自らの運命を選びとる少年に魅力を感じる。本作のカッサも、決して強い少年ではない。しかし、氏族のために、自分のためでなく他人のために運命を選ぶのだった。

作品を読んだ方、読まれる方が誤解を招くといけないので、敢えてここで語ろうと思う。本作で、バルサは何度も「運命ではない」と語る。そこでバルサが言う「運命」とは、翻弄され、流されるそれである。この文章で僕が語る「運命」とは、バルサが言わんとする、自分で選び勝ち取るものを指す。バルサが否定する「運命」という言葉でなく、バルサが信じる選び取るものと同じ意味あいで使っている。誤解されないように願う。
バルサは、この「運命」という言葉を作品の中で否定しようとする。しかし、作家は敢えてこの言葉を何度も使う。「運命」とは、決して翻弄されるものだけでなく自分で選び取ることもできるのだ、作家の想いがここにあると感じるのは穿ちすぎだろうか。

単純すぎてあまり認めたくないのだが、この作品の世界にぼくがすんなり入り込めた要因として、己のことしか考えないユグロという悪者が設定されており、勧善懲悪というパターンに乗っていることもあげられる。分かりやすい物語だ。前作は、立場が変れば正義も変る。すなわち正義とは相対的なものだということを説いていた。それが故に焦点がボケ気味のところがあった。それに対してシンプルで分かりやすい。しかし、もしユグロが、己のためにでなく、国を想い、民を想い、同じ行動を取っていたならこの作品はどうなっていたのだろう。前作同様に、立場の変わる正義。それはそれでおもしろい話しになったと想像する。

このシリーズにおいて、言い伝え、伝承、伝説はとても重要なモチーフ。二作しか読んでいないが、こうしたものを守る意義、重要性を訴えている。決して効率だけでない、大切な何かが、言い伝え、伝承、伝説にはある。これは文化人類学者であるこの作家のもっとも得意とするところなのだろう。しかし、この作家のすごいところは、これらの言い伝え、伝承、伝説を盲信するだけではない(前作「精霊の守り人」)。伝承、伝説はどこかで、ねじ曲げられている場合もある。
選び取る運命と、守るべき言い伝え、伝承、伝説、この二つのキーワードがこの作品の魅力。続編もとても楽しみである。

蛇足:いや、でも、本音を言えば、バルサにこう、もう少し色気があってもいいのではないか(笑