ブルータワー

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「ブルータワー」石田衣良(2004)☆☆★★★
※[913]、国内、近未来(?)、200年後、SF、生物兵器 、インフルエンザウィルス

好きな作家の一人、石田衣良の長編。出遅れたため、発刊後1年を経て読了。なんか、手が出なかったのというのが正直なところで、それは正解だったかなと思える。作家の訴えたいことが強すぎる作品。残念ながら、ぼくの心には伝わらないかった。正論であり、理解はできるのだが、標語のように薄っぺらく思えた。またもや天邪鬼なぼく。皆は感動しているみたいなのだが。

どこかで読んだような、設定、お話し。おもしろくないわけじゃない。しかし、出来すぎた作品。(褒め言葉ではない)。まさしく、お話を読んでいるとずっと思いながら読んだ。
どこか、森博嗣的な匂いがした。気のせい?あるいは、村上龍の「ヒュウガウィルス-五分後の世界2-」。これは、そのままインフルウエンザウィルスという題材。インフルエンザウィルスは、作家にとってとても魅力的な設定なんだなと思った。

膠芽腫という五年生存率7%という悪性の脳腫瘍を発病した主人公瀬野周司。先祖来の地主だったため、土地と引き換えに都心の新宿に出来た時価にして2億円という超高層マンションの55階の一室を手にいれることができた。あるとき、腫瘍の苦しみの中で200年後の世界へ意識がトリップする周司。200年後の世界で見たものは・・。

典型的なSFのひとつのパターン。それは登場人物たちの設定であり、物語の設定。
正義のために行動する主人公、それをサポートする屈強のボディーガード、冷静な秘書、人口知能、そしてちょっと生意気で、でも主人公を大好きな女の子。作家本人があとがきで述べるように、スペースオペラのそれ。物語自体も、スペースオペラ的。ただ、それよりSFっぽいけど。
物語の設定は、少数の統治者に統治された世界。インフルエンザを改良した黄魔という生物兵器が使用されたため、地表では防護服なしでは生きていけない200年後の世界。世界には7つの塔があり、人々はそれぞれの塔の中で生活する。物語は、新宿にある高さ2Kmに及ぶブルータワーという塔を舞台とする。塔の中では、身分、地位の高いものは上層階で高度に文化的な生活を営み、階が下がるに従い、地位も身分も生活水準も低くなる階級差の厳しい世界。限られた塔という空間を巡り、地位解放派と現状維持派のふたつの派閥が争い、また下層民たちのクーデターのある世界だった。

200年後の世界のセノ・シューの身体に意識が飛んだ主人公、周司が見た世界は、遺伝子改造された黄魔というインフルエンザ・ウィルスの恐怖におびえる世界。そこで周司は吟遊詩人に伝えられる歌の主人公、偽りの王子として、世界の復活の希望の星となり行動する。精神のみ現代と未来を行き来し、黄魔の脅威に対抗するために・・。

黄魔というインフルエンザをきっかけとした、人種選抜による階級社会、人間らしい生活を求めるものたちと、安定した階級社会と生活を維持しようとするものたちの戦い。戦争の中であっさりと失われていく人の生命。9・11の事件をきっかけに作り始めた物語だそうだが、作家は、石田衣良そこに何を見出し、伝えようとしたかったのか。
今回、この書評を書くのにあたって、あとがきを読んで、あれ?と思った。作家はあとがきで、倒壊する双子の塔のイメージが強いから、決して倒れない塔の話がいい、ブルータワーの世界設定は一晩でできたと語る。
あれ?ちょっと、なんか、おかしくないか?あの事件で双子の塔が破壊されたとき、ぼくらは何を思ったのだっけ?もし、あの事件の印象が強いなら、逆に破壊されない塔を強固に維持する話になるのでは?しかし、この話では、確かに塔は破壊されないが、塔にシンボライズされた階級社会が破壊される。あれ?あれ?
現代の主人公も最後には、超高層マンションを手放すし、。敢て載せたあとがきなんだけど、ないほうがよかったのでは?

つっこみどころも満載。200年後の世界でも、現代世界のと同じような人間関係を築くのは、それぞれ現代の人間関係にある人々の子孫って、松本零士の「新宇宙戦艦ヤマト」じゃあるまいし、無理だろ。現代で新たな恋人となる女性は、じゃぁ、この先一緒になることはないってこと?
未来世界に持っていくためのある情報を主人公が、一生懸命記憶する。人の記憶能力のすごさを語るため、一度だけ読んだ本を一字一句覚えている挿話をいれたりもする。でも、未来の世界で身につけている人工知能の能力を使えば、その記憶の再現なんてあっという間じゃないだろうか。
現代でも、未来でも妻とはうまくいってない。妻は主人公もよく知る知人と不倫している。一方、主人公は別の女の子の想われているという設定もベタすぎないとか・・。尤もこれは、スペースオペラに仮託する作家の意志の表れとするか、。

一言でいって、予定調和すぎる。ドキドキやワクワクが少ない。もっと、切実感や焦燥感が欲しい。
10割打者はいない。好きな作家だからこそ、点が辛くなる。

蛇足:この作品をファンタジーなんていうのはヘンだぞ。「別世界を構築した」というトールキンの云う言葉の意味で使っているならともかく・・。、