しゃべれどもしゃべれども

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども (新潮文庫)

しゃべれどもしゃべれども佐藤多佳子(1997)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、現代、小説、古典落語、青春

ネットの知人で三遊亭らん丈さんhttp://www.ranjo.jp/という噺家の方がいらっしゃいます。真打です。実は、知人というのもおこがましい間柄なのですが、本職のらん丈さんならどんな感想をもたれるのだろうと思いました。

佐藤多佳子という作家、ネットの本読み人にえらく評判の良い作家。思春期の少年少女のやるせない想い、姿を描いた「黄色い目の魚」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/4690256.htmlを読んでちょっと気になっていた作家。今回、図書館の書架に並んでいた同作家による本書をたまたま見かけ、借りてみた。
くそっ、やられた!すげぇおもしろい。
正統派の小説、正統派の青春小説。この作家、ヤングアダルトの作家と思っていたら必ずしもそうじゃない。いやぁ、久々に万人にオススメできる作品。まちがいなく皆、楽しめるはず。☆は、少しおまけして5つ。

落語ってのは、本当に「芸」。同じネタを達者な芸人がやるのと、下手な前座がやるのでは大違い。あいうえおでも、名人がやるとそれだけで客が湧くと本作で語られるが、あながち嘘ではない。絶妙な間、それがこの芸のポイント。物語好きな僕が、「あらすじ」や「言葉遣い」ではないと言い切るのだから間違いない。寄席でも、ホールでもいいから、日本人ならぜひ一度は生の本物の旨い落語を味わうべき。いや、ホント。この作品は「落語」というものをきちんと描いている。

噺家、古今亭三つ葉、前座の次の二枚目、真打にはまだ遠い。早くに死んだ両親の代わりに祖父母に育てられた。根っからの落語好きのじいさんの遺言もあり、噺家を目指す。正統派古典落語をやりたくて、めんどぐさがりの師匠、今昔亭小三文の門を叩き、なんとか弟子にしてもらった。そんな三つ葉、ひょんなことから吃音に悩む従兄弟の綾丸良の頼みを聞き、落語教室を開くことになった。妙に存在感のある若い女、十河五月。関西から引っ越してきてクラスのボスとぶつかっている小学生、村林優。引退した球界屈指のスラッガー、湯河原太一。それぞれに問題を抱える4人が、今日も三つ葉の落語教室に集まる。そんな三つ葉であったが、実は師匠の一言をきっかけにスランプに落ちいっていたのだった。

三つ葉と4人の弟子の物語が、三つ葉の落語生活を通して丁寧に描かれる。
物語もさることながら、登場人物が魅力的。先に述べた5人もそうだが、じいさん亡きあと表千家の看板を出し、三つ葉の高校卒業までの学費を稼いだばあさんの粋。三つ葉の師匠小三文と兄弟筋で、仲違いしているといわれている草原亭白馬師匠の粋。めんどくさがりのくせに、突然弟子のために同門会を開く小三文師匠の粋。粋な登場人物たちが三つ葉を盛り立てる。

古今亭の同門会を無事乗り越え、ひとまわり成長した三つ葉に待ち受けるのは、落語教室の弟子、村林と十河による「まんじゅうこわい東西対決」。さてさて、どうなることやら・・。

くすくす笑いながら、ほろりとさせる。ほのかな恋心も交え、物語は進む。それぞれの悩みを、彼らはそれぞれ乗り越えていけるのだろうか・・?

予定調和的にまとまって、ラストシーンではニヤリ、そして心があたたかくなる。いい意味でホームドラマ。こんな作品、最近少なくなった。

仕方のないことだが、あえて言えば、湯河原と綾丸にももう少し焦点を当てて書ききって欲しかった。そこだけが、ちょっと残念、惜しい。