上陸

上陸

上陸

「上陸」五條瑛(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、労務者、連作短編集、不法入国者、ミステリー、ハードボイルド

もう少しおつきあいしたいと思っている五條瑛氏の連作短編集。氏のいくつか読んだ諜報ものよりさらに地味な話。こういう人たち、こういう生活って確かにどこかにあるのだと思うのだが、普通は小説にならないような話。悪くないのだが、さて他人(ひと)に薦められるかというと疑問。佳作といったところか。

幾つもの職を転々とし、最後は安サラリーマンをリストラされ肉体労働者になった三十代の金満(かねみつ)、十代のときに一通りの悪さを経験した少年院上がりのまだ二十代前半の安二(やすじ)、パキスタンから来た不法滞在外国人だが、日本での生活が十年近いというアキム。三人はここ数年、一緒に組んで建設現場を回っている。それぞれに金を貯める理由があり、三人で一緒に住むほうが安上がりであり、また職探しも少人数でセットのほうが需要があるといった理由からだ。そして三人は数年前、一緒に不法密入国に手を貸したという瑕を持つ仲間であった。そんな三人を主人公とした連作短編集。「地底に咲く花」「名前」「神の影」「太陽の恋人」「東の果て」「一九九九年十二月 上陸」の六編からなる。

各話の形式は、今はひとりで仕事をする金満が、山形の山奥の温泉街の飲み屋で、ママと問わず語りをしつつ、自分の中で過去を振り返るという序が各短編にあり、そこから各話に進むという形式。序と、各話は微妙に活字の書体を変えている。序をたどるとある年の年末の数日の話となっており、各話は、三人と不法入国者の関わりをそれぞれ描く。

「地底の花」安二が風俗店で出会ったユリカという女、記憶もおぼろな同級生の七見という級友に似ていた。七見は、卒業を目前にしたある日、家族とともに忽然と姿を消したのであった。金満の調べで、その頃の日本で多くの子どもが家族とともに忽然と失踪する事件が多くあったこtがわかる、その家族は永住帰国者の家族で、その頃日本では一度帰国者として認めていた者を再審査し、許可を取り消すようなことがあったという。そんな七見に似た女ユリカも、ある日、忽然と安二の前から姿を消す。

「名前」同じ建設現場で働く韓国人の伊が、金満に偽装結婚の話をもちかける。相手は伊と同じ韓国からやってきた女だという。博打で借金まみれのろくでもないヒモがついている気立てだけはよい女リエ。伊の本当の狙い、偽装結婚の本当の目的を知らないリエ。金満たちが助けてやろうとするが、リエはろくでもないヒモのを心から愛していた。

「神の影」三人が以前、密入国に手を貸してやった密入国者のひとりハッサンが、ストーカーにつけ狙われているらしい。アキムの情報で調査を開始した三人。しかし、ハッサンは何者かに刺されてしまい、故国に送還された。最後に明かされる事件の真相。日本という国において、生活を変えていく不法滞在外国人たちの姿。

「太陽の恋人」ここ数年、金満が施設にいれ、経済的に面倒を見ていた老婦人が他界した。供養をし、位牌をつくる金が欲しい金満。老婦人は両親のない金満に、本当のこどものように接してくれた、金満の最初の勤め先であった下町の小さな堅実でつつましい町工場の社長夫人。小さい町工場はバブルの崩壊とともに潰えた。老婦人のご主人であった社長は借金で首が回らなくなり自殺、金満が慕っていた息子も精神を病んだまま失踪していた。そんな金満に、アキムがある話を持ってきた。不法滞在外国人でホストをしているアントニオが、一時的に帰国したいという。母親の命がもう危ない、ひとめ会いたい。しかし、アントニオは、売れっ子のホストで店が許可しないという。誠実に語る彼の話をきき、金満は出国の手助けをした。

「東の果て」三人が以前、密入国に手を貸したマハールが帰国することになった。可愛い許婚が国で待っているから。しかし、本当は犯罪、コンビニ強盗が発覚したので逃亡するつもりだった。
そして、アキムは二人の前から去っていった。

「一九九九年十二月 上陸」三人が、生活をともにし始めたころの話。安二が、競馬場で知り合った初老の男のくだらない詐欺にひっかり、多額の借金を背負うハメになった。最初は自業自得と突き放していた金満だが、アキムの、お父さんに似ていたから安二はひっかかったという言葉で、一肌脱ぐことを決意した。リストラされた旅行会社のときの知識で、2000年問題で揺れ動く旅行業界を逆手にとった、密入国作戦。果たして、成功するのか・・。

社会の底辺に巣食う肉体労務者である、金満、安二、そしてアキムを通じ、さらに底辺に生きる現代の不法滞在外国人の姿を描く掌編たち。一歩間違えば、馳星周の世界に行きそうなところを、五條瑛は、あくまでふつうの人々の姿として淡々と描きとおした。
ある意味、救いようのない、切ない話が並んでいるのだが、情に訴える書き方を潔しとしない五條瑛の筆が、淡々と乾いた文章で紡ぐ。ある意味、ミステリー、ある意味、ハードボイルド。

また、三人で一緒に生活できるといいね。