一千一秒の日々

一千一秒の日々

一千一秒の日々

「一千一秒の日々」島本理生(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、小説、現代、短編集、若者、恋愛

この人にはセックスを書いて欲しくないな。本書第一話「風光る」で、描かれる若いカップルの姿。そのなかで当たり前のように使われるセックスという言葉。そのことは否定できない事実であるのだが、でもこの作家にはあまり使って欲しくない。それは堀田あけみという作家の変容、あるいは成長というべきか、に感じた驚きと失望に似たもの。決して砂糖菓子を求めているわけではない。ただ、敢て、そのことに触れないでも書いていける作家であって欲しい。一読者の勝手な願い。
果たして、想いは裏切られなかった。七編ある短編で、この話ともうひとつ「夏の終わる部屋」だけがそのことに触れていた。正確にはもう一作「青い夜、緑のフェンス」も、ほんの少し。
勿論、そのことが恋愛において、今や避けて通れない問題であることはわかっている。この作家が、高校生でデビューし、今大学生で、まさしく、そうした問題の一番多い時期にあることも否定しない。しかしだからと言って、必ずしも作品がそうした内容に触れる必要はない。それに触れることが次のステップとは思わない。

本書は七編から成る連作短編集。大学生を中心とした若い男女の不器用な恋の物語。それぞれ一人称で語られるが、それぞれの話の登場人物が、次の話の主人公となって、あたかもバトンをつなぐよう。
風光る」恋人同士だった真琴と哲の物語
「七月の通り雨」真琴の高校時代からの友人、瑛子と、遠山さんの物語、
「青い夜、緑のフェンス」真琴と瑛子の行きつけの店の店員、針谷くんと彼の幼馴染一紗(かずさ)の物語
「夏の終わる部屋」針谷君の友人長月くんと操の物語
「屋根裏から海へ」真琴の高校時代の恋人加納君と、家庭教師の教え子弥生の姉沙希の物語
「新しい旅の終わりに」加納君と真琴の物語
そして、瑛子の高校時代の物語「夏めく日々」
最後の「夏めく日々」がボーナス・トラックのように瑛子の高校時代の話だが、その他の六篇はある夏から秋へと連なる物語。真琴と哲の別れから始まり、真琴と加納君のはじまりの予感で終わる。円環が繋がるように。

正直、島本理生という作家でなかったら、どう評価しているか自信がない。とりあえずは、良かった。不器用な主人公たちの、淡々と生きる姿に好感を覚えた。とくに「青い夜、緑のフェンス」の針谷くん。肥満で、自分に自信のない主人公に、不器用な好意を寄せる可愛い幼馴染。あるいは、加納君の生真面目さ。とくに加納君は真琴と泊りがけの旅行に行きながら、手を繋ぐだけで眠りに落ちる。いまどきだって、こういう青年はいるはず。
反面、簡単に身体を重ねる長月くんの、本当の恋を知らない姿にも密かに好感を持ったりする。でも、簡単に身体を重ねるのはいかんよ。

作家のあとがきにある「生真面目だったり融通がきかないほど頑固だったりするのに、その反面どこかウカツで変に不器用な」主人公たち。大学生という自由を許された環境の中で、若葉の先の露のようにきらきら光っていて欲しい。そんなことを思わせる作品。そしてこの作家には、こうした不器用で真面目で、でも伸びやかに、しなやかに、自然に生きる主人公たちの姿を描いた作品を書きつづけて欲しいと思う。

作品は作品単体で判断されるべきであり、それを生み出した作家との関係は重要でない。常々そう主張しているぼくだが、どうにも島本理生には当てはめられない。気になる作家だ。

蛇足:噂の「ナラタージュ」は図書館35名待ち(2005.10.12現在)。いつ読めることやら。
蛇足2:ところで、「一千一秒」って?