オテル モル

オテルモル

オテルモル


「オテル モル」栗田有起(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、物語、双子、文芸

ネットの本読み人の間で話題の栗田有起、「ハミザベス」http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/5263232.htmlに続き、読んでみた。

不思議な小説。その設定がおもしろい。
都会の真ん中の人目につかない場所に、そのホテルはある。地下13階建ての、安眠を追求するための会員制ビジネスホテル「オテル・ド・モル・ドルモン・ビアン」。入り口は高層ビルとビルの合間の、人ひとりすり抜けるほど隙間を通り抜けたところ。チェックインは日没後、チェックアウトは日の出前。
主人公本田希里は実家で、めいっこの美亜、そのお父さん西村さんと三人で住む。美亜の母、希里の双子の妹沙衣は酷い薬物中毒で入院中、両親は沙衣につききっり。高校卒業以来、就職もしたことがなかった希里だが、めいっこの美亜が小学校になったのをきっかけに就職することを決める。いつか一人暮らしをするために。何の特技も、資格も持たない希里。今まで百あまりの会社に履歴書を送り、履歴書を書くことだけは書きなれた希里が応募した先は「オテルオテル・ド・モル・ドルモン・ビアン」。勤務時間は日没から日の出まで。夜に強く、孤独壁があり、めったにいらいらしないひとを歓迎する。果たして、希里は採用された。決め手は履歴書に貼られた希里の写真。お客様を眠りに誘う誘眠顔。お客様を、ぐっすり安眠に誘う顔だという。
希里のフロントでの物語、そして双子の妹沙衣との物語。

実は某シティー・ホテルに勤め、早起きが趣味で、徹底した安眠派であるぼくにとってはなんとも居心地の悪い小説。業界はいまやヘブンリー・ベッド(天使のような寝ごこち)のベッドを採用し、まさしく次なるセールスポイントは安眠。そう、そういう意味ではとてもポイントを押さえている。しかし、日の出前のチェックアウトはどうなのだろう。たしかに夏場は日の出前に起きるのはとても気持ちがいい。でも、冬場は、本当につらい。いや、それは真っ暗な日の出前に家を出るからかもしれない。電車で眺める冬の力無い朝日も、それはそれで気持ちいい。
人間は、日の出とともに起き、日没とともに休めるならそれがいちばんなのだろう。そのためにはそうした生活を営むこと。しかし、現実にはなかなかそうはいかない。この作品で語る安眠とは、物理的な時間としての安眠もあるが、現代のストレス社会における眠りというものの重要性を語る。それが故に、このような専門的なホテルの設定が生きる。隠れ家のようなホテルにひっそりと安眠を求める現代の人々。それだけでドラマだ。

しかし、この作品の本質は、またもや二人で一人の女性。「ハミザベス」では母娘。「豆姉妹」(「ハミザベス」併録)では、七歳違いの姉と妹。そして、本作では光と影のような双子の姉妹。どうして栗田有起の書く世界は、常に共生する二人の女性なのだろう。
子どものころから身体の弱かった妹沙衣は、ある日ワイルドサイドを歩むようになる、派手な服装を好み、繁華街を駆け抜け、そしていつの間に薬物に手を出していた。希里の恋人だった村上先輩とあっという間に身体を重ね、17歳の若さで美亜を産む。しかし、子育てもしないで、入院生活を続ける。残された希里は、めいっこと元恋人で妹の旦那と三人で暮らす羽目に。

なんだかとてもスゴイ設定なのだが、主人公希里は淡々と日々を過ごす。本当だったらぐれるのはわたしのほうじゃなかったのか、両親の愛を、周囲の関心を一身に集める沙衣の横で、地味で平凡な生活を過ごす希里。ある事件をきっかけに、就職し、独立した生活を思い立つ希里であったが、結局は双子の片割れ、自分の分身でもある沙衣を自分の職場であるオテル・モルへ連れて行ってしまう。決して離れられない二人。
オテル・モルでは、オーナーで、希里の教育係、そしてオテルの客室係である外山さんに、覚醒顔を持つと言われた沙衣であるが、果たして想像に反し、希里の職場、地中にすっっぽりと埋もれた子宮のようなオテル・モルではぐっすりと眠れた。それは一緒に安眠を求めるオテル・モルお客様を巻き込む深い眠り。規則ではチェックアウトは日の出前にされなければならないはずなのに、その日は誰ひとり起き出すことができなかった。
沙衣にとって、希里の居る場所はとはそれほどまでに心地よい場所なのだろうか。

いつか「二人は二人」そうした作品を見せてくれるのだろうか、栗田有起