シリウスの道

シリウスの道

シリウスの道

シリウスの道」藤原伊織(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、ビジネス、小説、ハードボイルド、ミステリー

できすぎた企業小説・・正直、ここから筆が進まない。数日が過ぎた。
この作品は確かにおもしろい。一気に読んでしまった。魅力的な主人公。タバコ、酒、そして競馬にうつつを抜かしていると思えば、一を聞けば十を知る。出世は望まないが、仕事はできる。卑屈な奴らは大嫌い。一昔前のタフなサラリーマン小説のよう。快作というべきなのか、それともありがちな物語というべきなのか、自分のなかで判断がつかない。
いまどき、まっとうなサラリーマン小説。藤原伊織の作品としてそう評価してよいのだろうか。

東邦広告京橋第十二局五部副部長辰村祐介。広告代理店の副部長は肩書きだけのプレイングマネージャー。有能な女性上司立花部長のもと、銀行を辞め中途入社してきた社内で知る者は限られている現役大臣の息子、戸塚を部下とする。そんなある日、辰村のもとに大手メーカー大東電機より18億の仕事の話が転がり込む。大東電気は同じ東邦広告の銀座六営のメーンスポンサー、そこが京橋の辰村の部署を指名してきた。仕事の内容は新たに参入するネット証券のプロモーション。社内の軋轢のなか、仕事をひきうける辰村。面接に派手なカツラをしてきた派遣社員平野由佳。ネット株をやっており、仕事中に取引していたため前の会社をクビになったという。株で稼いでおきながら、株取引は虚しいものと語る彼女を仲間に、気心の知れた有能な仲間たちと仕事に取り組む。
物語は辰村の子ども時代に遡る。大阪で暮らす子ども時代の辰村。父親の絵の教室でいつも仲良しだった勝哉と明子。ともに貧乏であったことが、三人を強く結びつけてきた。ある日明子が、酒を飲み家族に暴力をふるう実の父親に犯された。少年たちの心に燃え上がる暗い復讐の炎。明子に知られないように、明子の父親を殺そうと決意する祐介と勝哉。しかし少年たちの決意と裏腹に、明子の父親は少年たちの目の前で石段を転がり落ち、あっけなく事故死する。それは祐介と勝哉ふたりだけの秘密。そして25年の月日が流れた。大東電機の前会長の息子、現常務の半沢が辰村の前に現われた。彼の妻明子の過去をネタにした脅迫状が届いたという。売れっ子のタレントであった明子は、半沢からの求婚を受ける際、自分の過去を半沢に話していた、そして半沢はそんな明子を心から愛していた。明子の過去を知るのは残る勝哉だけ。しかし、勝哉のこどものころを知る辰村には、そして明子には、勝哉が犯人とは思えない。勝哉の行方を捜す辰村。
二つの物語が絡み合い、物語は進む。明子の過去を知り脅迫状を送るのは誰か、その目的は。そして18億円の仕事は無事落札できるのか。

物語の登場人物がステレオタイプであるものの、とても魅力的。家庭と仕事に揺れる女性上司立花。確かに有能だ。辰村とのほのかなラブロマンス。大人の物語のくせにキスと、ひざまくらだけ。よだれでスカート汚すなよ、辰村。
代議士の息子である戸塚。まさしく好青年。親の威光をかざすことなく、誠実に仕事を進める、そして辰村に厳しく育てられ、輝くように成長していく。でも、ならば、なぜ広告業界なんだ、そして、なぜ親の名前を使って中途入社するんだ。自分の力で再就職できるだろ、お前なら。
派遣社員の平野、奔放であるようで実は有能。辰村の行きつけの酒場のオーナー浅井。ふと見せる過去。
東邦広告社長の園井。幼馴染の勝哉、明子。明子のご主人大東電機常務半沢。
そして孤高という言葉が似合う辰村。タバコ、酒、競馬にうつつを抜かすが、仕事は有能。暴力沙汰には強くないが、たとえ暴力を振るわれても信念のためには暴力にも屈しない。会社という組織も秩序も関係ない。もともと「会社」に執着がないのだから、そりゃあ強い。家族もない。失う怖さ、守るべきものがないのだ。独りで生きる。自分の信念を貫く覚悟だけで生きている。

元大手広告代理店に勤めていた藤原伊織だから書けた広告業界の姿。その描写は、とてもリアリティーがある。華やかに思える広告業界の裏側も、そこは普通のサラリーマンの世界がある。どろどろとした社内派閥の争いや、権力や地位、ありうべき姿が常に正しいわけでもない。そのなかを飄々と自分のスタイルを通しぬく辰村。ほろ苦いラストさえ、大人のテイスト。泥沼を泳ぎぬけてこそ、光り輝き、成長する世界。しかし、結果は必要だ。

できすぎの物語。まさにそうとしか言えない。ぴったりはまったジグゾーパズルのように完成された作品。
小説として、とにかくおもしろい。これがこの作品に対する一番の賛辞か。オススメである。

蛇足:幼馴染三人の姿が「永遠の仔天童荒太を思い出させる。