風神秘抄

風神秘抄

風神秘抄

「風神秘抄」荻原規子(2005)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、中世(平安時代)、小説、ファンタジー、中世、舞、笛、鳥の王、物語、児童文学

勾玉三部作の番外編とも言える、荻原規子の時代ファンタジー。今回は前三部作での同一テーマ、勾玉は出てないのだけれど、日本の近代以前の時代を舞台にした時代ファンタジーとしては一連の流れと言える。

久々に、とてもよい「物語」に出会えた。600ページ近い厚さは、ちょっと腰が引けた。しかし、読み始めたらあっという間。さすが。

平安末期、鎌倉時代を目前とした時代。坂東武者の家に生まれた草十郎が主人公。腕は立つが、人と交わるのが苦手。ひとり、野山で母の形見の笛を吹く。平治の乱源義平についたものの敗走。敗残した源氏の者たちを狙い襲う村人たち。一行とはぐれた幼い頼朝を救うため、傷つく草十郎。その結果、村人の首領、正蔵に拾われる。
王として人間の生き方を学ぶために鳥の王、カラスの鳥彦王が、湯治で傷を癒す草十郎のもとにやって来た。カラスと言葉を交わす能力を持つ草十郎。鳥彦王の話で義平が京で首を斬られたことを聞く。いてもたってもいられない。正蔵に頼み、京を訪れた草十郎は、六乗河原で死者の魂を鎮める魂鎮めの舞いを舞う少女糸世とその付き人日満と出会う。糸世の舞は、人前で笛を吹かない草十郎をして、笛を合わせたいという力を持つ舞であった。草十郎の笛と糸世の舞が出会ったとき、草十郎の目に、光る花びらが舞い落ち降り注ぐ姿が見えた。
二人の舞と笛の力は、天界の門を開き、天界の花を呼ぶ。その舞と笛は、誰もそれと知らぬうちに源頼朝の命を救っていた。しかしひとりその力に気づいた後白河上皇は、自らの寿命を伸ばすため、巧妙にその力を利用しようとする。草十郎のたっての頼みにより、草十郎の笛とともに上皇の運命を変える舞を舞う糸世。しかしその舞のなか、糸世は忽然とその姿を消す。
異界へ行ってしまった糸世を、鳥彦王とともに捜し求める草十郎の旅が始まる。果たして草十郎は糸世と再会することができるのか。

いいなぁ、物語は。もちろんこれは成長する物語。最後はハッピーエンドなのだが、少しもの悲しい気分。いや、大人になるってこういうこと。何かを得ることは、何かを失うこと。 しかし、ふたりはかけがえのないものを得た。
この作品はボーイミーツガール、少年と少女の出会いの物語。魅かれあう少年と少女。お互い不器用で意地っ張り、そのなかですこしづつ近づいていく二人。少女はいつだって少年より少し大人、そんなほろずっぱい物語。
しかし、物語はそれだけでない。権力に巻き込まれ、踊らされる人々も描く。上皇の家臣、傀儡の幸徳が有能であればあるほど、その哀しさが心にしみる。あるいは上皇の意ひとつで起こる、もののふの者たちの血なまぐさいいくさ。

芸能が、神や天に捧げられる時代の物語。しかし伝統とか権威に遠く、あくまでも自分たちの生きるために、自然に笛や舞が二人の傍にあったことがこの作品を好ましいものにしている。

登場人物もとても魅力的。人ではないが、カラスの鳥彦王は秀逸。それが故に、ラストの寂しさが際立つ。
強いていえば、糸世と背中合わせに居る「陰」の女性、悲嘆の姫、万寿姫についても。いやさらに言えば、村人の、そして盗賊の首領である正蔵だって、もっともっと書いて欲しい。糸世の付き人であった日満。後白河上皇。贅沢を言えばきりがない。しかし、そう思わせるほどの登場人物たち、それは設定が魅力的な人物もいれば、描かれた人物が魅力的な人物もいる。

600ページは長かった。しかし、もっと深く、もっと長く、読んでいたかったという読後感も事実。本当に素敵な「物語」。

蛇足:勾玉三部作「空色勾玉」「白鳥異伝」「薄紅天女」も言わずもがなオススメ。それぞれ「勾玉」がテーマになっているだけの単独の作品なので、気軽に一冊ずつ読んで欲しい。ぼくも久々に読みたくなった。