花まんま

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花まんま

「花まんま」朱川湊人(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、短編集、ホラー、ファンタジー、ノスタルジー、第133回直木賞受賞

第133回直木賞受賞作「花まんま」含む短編集。各短編はそれぞれ独立しているものの、それぞれ今から丁度30年から40年ほど前のちょっと猥雑な大阪の下町を舞台に、当時小学生だった自分の姿を思い返し、日常の不思議を描くというスタイル。日常に入り込んだ不思議を描くという点ではファンタジーというジャンル、そしてその種類が怪異という点ではホラーにも属するか。懐かしい佳作たちというのが、ぴったりの評価か。
「トカピの夜」「妖精生物」「摩訶不思議」「花まんま」「送りん婆」「凍蝶」の6編からなる。

「トカピの夜」
東京から引っ越してきた、ひとり息子がゆえに怪獣図鑑や玩具を当時としては与えられていた私と、近所に住む病弱な朝鮮人の男の子の物語。仲間はずれにされていた朝鮮人の子供、チェンホは、ある日幼くして死んでしまう。その後、朝鮮の幽霊トカピとして、近隣をさまよい歩くという噂が流れ・・。
※生きているうちにできなかったことを幽霊になって、存分に行う少年の霊の不思議な一夜。

「妖精生物」
高架下で出会った男から買った「妖精生物」と呼ばれるクラゲのような不思議な生き物。ガラス瓶に入れられ、砂糖水のなかで生き、飼っている家に幸せをもたらすという。その生き物を手に乗せると、不思議な、快感が身体を走る。しかし少女が妖精生物を投げ捨てる日がやってきた。妖精生物の微笑の裏に隠されていたものは・・。
※少女の少し後ろめたい秘密。少女は大人へと変わっていく。それは必ずしも幸せだけではない。

「摩訶不思議」
ツトムおっちゃんが亡くなった。葬祭場へ向かう車が、焼き場を目前にして動かなくなった。その理由は・・。
死んでまで迷惑をかける、でも憎めないそんな大阪のおっちゃんの物語。内縁の妻以外に、愛人がいて、そして・・。
※まさに「摩訶不思議」。おっちゃんが焼かれた後のエピソードもほのぼのと心あたたまる。

「花まんま」
小学2年生の妹は、自分は、21歳で殺された女性の生まれ変わりだと言う。どうしても、その女性の家のある彦根に行かなければいけない。母子家庭の兄として、小学5年生の主人公は妹とともに彦根に向かった。そこで出会ったのは、娘の死以後、食事を摂らなくなったやせ衰えた女性の父親。妹に託され、主人公が女性の父親に渡したものは・・。
※前世とか、輪廻とか、命というものはどこかでいつまでも繋がっていくものなのかもしれない。たまたま、人間に、それも近くの人間に生まれ変わったとき、こういうことも起こりうるのかもしれない。後ろを振り返ってばかりではいけない。そんなメッセージ。

「送りん婆」
近所に住む親戚の、ちょっと怖いおばさんには「オクリンバァ」という呼び名がついていた。人に頼まれ、言霊の力で魂と身体を切ってしまう。そんなおばさんに見込まれ、送る仕事を手伝う主人公。送りん婆の仕事は、家系のなかで引き継がれる。不思議な呪文を静かに受け継ぐ主人公。
※少しユーモアにみちた掌編。最後はほんのり怖いけど、どこかに本当にありそうな物語。

「凍蝶」
子供の頃から、なぜか友達のできない小学二年生の少年が主人公。そんな主人公が、墓場で18歳の女性と知り合う。弟に似ていると声をかけてくれた。毎週水曜日に会うことが、少年の無上の楽しみ。そんなある日、二人はその場所で見るはずの無い、女性の故郷の蝶を見かける。それは、重い病を煩った、女性の弟の姉への別れの幻想。
※友達のいない少年、なれない土地で病気の弟のために働く女性、ふたりのさびしい心が重なる。

各話が扱う時代は、丁度、ぼく自身が過ごしてきた年代と重なる。それゆえにノスタルジーを感じる。ネットで多くの人が評価している「摩訶不思議」が個人的にも一番オススメ。死んだおっちゃんの兄で、役所に勤める小市民的な主人公の父との対比がステレオタイプではあるものの、どこかユーモラスなひとコマ。他の話も悪くないが、特別によくもない。どこかで見たような気がする。こどものころ大阪が身近にあったならもっと楽しく読めるのではないかと思う。
「凍蝶」で主人公に友達ができない理由が明らかにされてないが、ここはきちんと明らかにすべきではなかったか。

蛇足:「摩訶不思議」のおっちゃんは、「駅までの道をおしえて」伊集院静http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/1884414.htmlに出てくるチョーさんを彷彿させられた。大阪には、こんなおっちゃん、そして女性がたくさんいそうだな。