翼はいつまでも

翼はいつまでも

翼はいつまでも

「翼はいつまでも」川上健一(2001)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、文芸、中学生、青春、初恋、野球、ビートルズ

2001年度本の雑誌が選ぶベスト1、第17回坪田譲治文学賞受賞作品。なるほど、納得。とても気持ちの良い作品。友情と初恋がうまく絡み合った青春小説。ただ、ちょっと予定調和。読んでいて気持ちいいのだが、あともう少し。もう少し何かが欲しい。巧く、間違いはない小説なのだけれど・・。

物語は、ビートルズを聴いていると不良になってしまうと言われた時代。1960年代の中頃、たぶん、作品では描かれないが高度経済成長時代の頃。舞台は青森県十和田市の中学校。主人公神山は、中学2年生の野球少年。初恋もまだならば、性の秘密も知らない。そんな少年が、ビートルズに出会い、あるいは大人の勝手な都合に憤り、恋を知り、成長する物語。

野球部の落ちこぼれだった僕が、夜中の米軍放送で出逢ったビートルズの歌をきっかけで、変わっていく。自分の思うとおりに生きていいんだと応援されているような気分になり、自信を持つ。誰かにこの想いを伝えたい。教室で出鱈目な英語で歌う僕。クラスの目立たない女の子が、いい歌だと言ってくれた。翌日から教室中が<プリーズ・プリーズ・ミー>で溢れた。そのことがきっかけになったのか、野球でも、緊張して失敗ばかりしていた、スローイングが失敗しなくなり、僕はレギュラーになった。そして、僕らのチームは市の新人戦で優勝。県大会をも狙えるほどの実力をつけていた。そして三年になった。ビートルズを聴いてはいけないと、大人が決めた。だけど、僕らは大人たちに隠れてきき続けた。
ある日、事件が起きた。相撲部の田口先生が野球部の主力選手三人を練習中に連れて行った。野球部の中川先生に話してあるという。チームというものの大切さを僕らに教えてくれたの中川先生が許すはずがない。しかし、結果は予想に反していた。学校の名誉のため、先生が決めたことをきいていればいいんだ。
県大会は、みんなで行こう。そう誓って練習してきた僕らだった。しかし大会当日、田口先生はまたもや三人を連れて行ってしまう。試合までに返してやる。しかし、いつまでたっても三人は帰ってこない。先生の決めたとおりにしていればいいんだ、止める中川先生。みんなで試合に出るんだ、三人を迎えにいく僕。三人は試合に間に合うのか、そして試合は。

夏休みになった。同じ野球部の力石が、十和田湖は日本の国立公園のなかで、ひと夏に処女を失う数一番多いといいだした。十和田湖に行けば、僕らもセックスが出来て大人になれるかもしれない。そんなことを考えながら、ひとりで十和田湖のキャンプ場に行く僕。しかし、世の中そんなに甘くない。散々な一夜が明けた夜明け、一人の少女が裸で泳ぎ、きれいな声で歌う姿を見かける。それはクラスで目立たぬようにしている、しかし僕のビートルズの歌をまっさきに褒めてくれた斉藤多恵であった。学校に内緒で、近くのホテルの下働きをしているという。ふたりで話をしている中で、彼女のことをいろいろ知る僕。彼女の顔の傷やあざのこと、隠したい過去、そしてとても素敵な歌声、ピアノの腕。キャンプ場で、友人たちと偶然出会う僕、斉藤多恵もこの地で、初めて友人を得ることが出来る。土砂降りの中で、叫ぶ不器用な二人、不器用な初恋。そしてキャンプは終わり。最後の野球大会を迎える僕。淡い初恋の行方。

そして三十年後、僕らは、同期会で集まった。それぞれ思い出を胸に・・・。

正直、ビートルズの歌が出てきたとき、またか、と思った。思い出の音楽を絡めた青春小説、ありきたりのパターンか。しかし、不安は裏切られたビートルズは、重要であるが、物語はきちんと別にあった。野球と、初恋。事件を通し、子供は大人が絶対ではないことを知り、そして成長していく。あるいは出会いを通し、人を思いやることを覚える。それは、王道とも言える青春小説。とてもうまく、くすぐったい小説。だのに、ぼくには、どうしてもあともうひとつ何かがが足りない。青春小説は大好きなはずなのに・・。

ふと気づいた、この小説に三十年後はいらなかったのではないだろうか。何かが足りないのではなく、何かが多かったのかもしれない。三十年後に集まること、そのことが郷愁小説にしてしまったのかもしれない。
青春は、ぶつかりながら突き進むこと、振り返ることではきっとない・・。

蛇足:本作品で重要な歌となっているビートルズの[please please me ]の歌詞は、主人公が思い込んでいる意味とは違う。重要な歌であればこそ、それが違うということを作品で触れるべきであるかと思う。もしかしたら、作家の願いは、オリジナル曲に、歌詞に触れて欲しいという願いかもしれないが。