ソウルで逢えたら

ソウルで逢えたら

ソウルで逢えたら

「ソウルで逢えたら」松岡圭祐(2005)☆☆★★★
※[913]、現代、小説、韓国、韓流、シンデレラ・ストーリー

ネタバレ少しあり!未読の方は注意願います。

千里眼」「催眠」シリーズの売れっ子作家、松岡圭祐の作品。前作「ミッキーマウスの憂鬱」辺りから、それまでのシリーズと異なり「薄く、軽く」読める作品を書き始めたようだ。ちなみにそれまでは「厚く、軽い、エンターティメント作品」。「ミッキーマウスの憂鬱」までは、当たりハズレもあれど、好きな作家のひとりと言えたのだけれど・・。


今回の作品も、その狙いがよく分からない。帯には、「業界の裏側」と「自分探し小説(右脇下に小さくシンデレラ・ストーリの文字・・なんだ、この不細工なレイアウト?)」という言葉。「業界の裏側」と言うけれど、「ミッキーマウスの憂鬱」のようなディズニランドの裏側を「暴露する」にはほど遠く、浅い。「自分探し」という割に「ただの操り人形」。小さく、端のほうに置かれた「シンデレラ・ストーリー」がぴったり。とってつけたような成長が描かれるが、うまくまとめただけ。軽く読むにはおもしろいけど。鈴川昭恵33歳、20代後半で同棲相手との間で出来た息子隼人6歳との二人暮らし。何をやってもうまくいかず、生保レディーをしていたときも、人を騙す勇気もなければ、マニュアルを使いこなす器用さもない。借りた借金が800万円にも及び、パートだけでは利息を払うのも覚束ない。水商売をしようにも、中途半端で雇ってもらえない。そんな彼女がふと思い立ち、韓国で働くことを決意する。日本よりは、可能性があるだろう。韓流ブームにのって韓国に行くわけではない、3ケ月間、韓国語の教室に通い、息子を実家の母に預け、昭恵は韓国へ旅立った。
日常会話くらいは出来るかと思って辿り着いた韓国であったが、文化の違いを思い知らされ、また付け焼き刃の韓国語もまったく役に立たなかった。それでも、職業安定所に職を探してもらう手はずだけはとりつける昭恵。日本語教師として。
職が紹介された。KEPという老舗の芸能プロダクションの社長ソン・ジョンウンからの依頼。破格な時給。日本に進出する芸能タレントの個人レッスンだという。雇い主であるソン・ジョンウンに会いに出た昭恵だが、ひょんなことからCMの撮影に出演することになった。来るはずの女優にすっぽかされたCMの代役。昭恵のシンデレラ・ストーリーが始まる。
インターネットカフェで、KEPの社長ソン・ジョンウンを調べる昭恵、驚くことに彼は日本軍の強制収容所生まれ、反日の旗手のように書かれていた。しかし、実際に会った彼は違った。日本という国を尊敬し、見習いたいと言った彼の姿はとても誠実そうであった。このギャップは?
KEPで待っていた仕事は、日本語教師ではなかった。ファン・ヨウォンというKEPの謎のタレントの代役。2年前からKEPのタレントとして熱狂なるファンを獲得している。しかし、彼女には、驚くべき秘密があった・・・。
体付き、顔立ちが昭恵と似ている。代役をやって欲しい。断られるとKEPという会社自体の存続に関わる。申し出を躊躇する昭恵。借金のこともあり、仕方なく引き受ける昭恵。気をつけなければいけないのは、日本人だということが発覚すると大問題になること。口パク、アテレコが当たり前の韓国芸能界、韓国では当たり前の簡単な整形手術とメイクで、代役を務める昭恵。人気もうなぎのぼりで借金も完済できるほどのお金も得ることができた。
まだまだ仕事を入れろと言っていたジョンウンが、ある日急ファン・ヨウォンを引退させることを決める。その裏側にあるものは。
日本に戻った昭恵。たった3ケ月の物語。誰も知らないはずであったが、TVに映る彼女の姿に、実家の母は気づいていた。そして、韓国での3ケ月で昭恵が得たものは。

まさしく「荒唐無稽なおはなし」である。時給も日本より安い韓国へ、具体的なプランもなく出稼ぎに行こうということ自体無理。そこで、苦労しながら何かを掴む話しならまだしも、この主人公はまさに操られ、踊らされ、そして自分から何を行動することもなく、借金分のお金を稼ぎ、帰ってくる。お手軽なサクセス・ストーリー。読みものとしては、気持ちよく読み終えることができるのはこの作家の腕だけれど、なにも残らない。

少しネタバレ

メールだけで、愛を育む韓国人女性と日本人男性のエピソード。日本人と結婚させたくないというだけで、もとオリンピック選手だった娘を数年軟禁するってことはありえるのだろうか、例え韓国でも。また、職場と昭恵の前では日本を尊敬していると誠実そうに言っていた、韓国社会で反日家だと思われている社長が、実はやっぱり日本を憎んでいたっていうのは、どうなのだろう。韓国社会で親日家と思われていた男が、実は反日家だったというなら、まだわかるのだけれど。なんのために職場で親日家と思わせていたのか、疑問。日本から来た昭恵だけに対してなら、まだわかるのだが。

しかし、借金800万円。あまりにも自堕落でないか?同じ題材を新堂冬樹(黒新堂)が描いたら、どんな作品になっただろうか・・。とちょっと気になる。なんか、スゴイ作品が読めそうな・・いやいや、叶わぬ夢。