波に座る男たち

波に座る男たち

波に座る男たち

「波に座る男たち」梶尾真治(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、任侠、捕鯨環境保護、ユーモア、コメディー


!ネタばれあり、未読者は注意願います。


「波座師(はざし)」日本古来よりの鯨捕りを指す。ただし、Googleで調べると、一般的に「刃刺」(作品でも、とりあげられる)、もしくは「羽差」であり、梶尾真治の書いた「波座師」の表記は、他では見られない。もし、蘊蓄を語ろうとするならば、ご注意!


黄泉がえり」が映画化され有名になったSF作家カジシンこと梶尾真治の、SFではないヤクザ小説。でも、カジシンらしく肩肘張らないハートウォーミング&ユーモアなコメディー作品に仕上がっている。残念なのは、ちょっと尻つぼみ、中途半端。もしかしたら、それがカジシンらしいと言えば、らしいのかもしれない。


「あばれぐい」という小料理屋を営む麓浩二は、別れた妻から、交通事故を起こしたので五十万円を用立て欲しいと頼まれた。知人が紹介してくれた闇金に借金をしてお金を用立てたのだが、金策が算段通りいかず、利子と借り換えで、あっという間に借金は二百万円を越えるまで膨れあがった。そんな麓のもとに取り立てにきたのが、暴力団大場会の澤木。返済を迫られた麓だが、ひょんなことより大場会会長の食事を作らなければならぬ羽目になった。タクシーに押し込まれ、大場会の事務所に連れ込まれる麓。
任侠に生き、道を外れたシノギはしない、昔気質のヤクザ集団、大場会。時流に合わない生き方を貫くが故に、内情は火の車。地域住民からは暴力団反対を訴えられるが、それとは別のとある事情で早急に組事務所を退去しなければならない、いや、したい。しかし、引っ越し先の目処も立っていない。麓が大場会長に用意した食事、鯨鍋「はりはり鍋」の美味しさに、日本の鯨文化の素晴らしさを思いだす大場会長。欧米の保護団体の自分勝手な理屈によって、日本の食文化としての鯨文化が潰えていいのか。偶然、借金のカタに捕鯨船が手に入ったことから、日本文化を守るため、そして鯨で一旗あげるため、組を畳んで鯨の密漁に出ることを大場会長は決めた。
そして、一家は海に出た。親子連れのザトウクジラに情けをかけ捕鯨どころか、子クジラを襲うシャチを追い放つ。次があるさ。鯨を巡り台湾マフィアとの争いが起こった。台湾マフィアの獲物をごっそりいただき、大儲け。しかし、この争いの中、巨大な尾びれの欠けたナガスクジラによって、若頭岩井が海に引きずりこまれ、姿を消した。獲物は手に入ったが、大事な仲間をなくした。
岩井の女で、皆をひっぱってきた女性波座師、玲奈は、このクジラをメフィストと名付け、岩井の敵をとることを心に決める・・・。


ヤクザコメディといえば、浅田次郎のプリズンホテルとか、小林信彦の唐獅子シリーズが思い浮かぶのだけど、それらに比べると弱い。ヤクザである必然はあまりなかったのかなと思う。描写が深くなく甘いからかもしれない。ヤクザというシチュエーションだけを借りたところまではよいが、書かれた状況が、それほどヤクザらしくない。もう少し、ふつう市井の人とヤクザの日常生活のズレ、あるいは我々が勝手に想像するヤクザの姿とのズレを書いて欲しかった、せっかくのヤクザ一家という設定なのだから。
作品自体も、残念、ちょっと、もう少し。女波座師、玲奈や、伝説の殺し屋、源爺、極右的な過激行動がお得意な全世界環境保護ネットワーク「クリーンアース」とかおいしいキャラクター、設定はあるのだけれど、生かしきれていない。いろんな美味しそうな設定をあちこちにばらまいて、結局うまく使いこなせずに、なんとなく、小さくまとめてしまったという感じがする。惜しい。


<ネタバレ>
最大の弱点は、この作品が鯨捕りの冒険小説と思っていたら、実はそうでないこと!読み手のだれもが期待していた鯨との死闘が、ない、のだ。
前半で、若頭を失った大場会が二度目の出航で行うことは鯨との死闘、例えそれがへなちょこで結果がどうであろうと、亡き恋人への想いを胸に秘め闘う女波座師と、それをサポートする仲間たちの姿であろう。そこに台湾マフィアや過激な環境保護団体が絡む、どきどきわくわくの戦いを読み手は期待するはず。それが普通。勇壮なカバー絵も、期待を盛り上げる。
しかし、ないのだ、鯨との戦い。台湾マフィアと環境保護団体とは、少しだけ絡むのだけど、あれ?肩すかし。


物語が終わり、捕鯨を続ける大場会の面々。にっくき敵メフィストと最後に出遭う。そして、最後の一文。効く、効く。そ、そうか、そうきたか。


この作品、梶尾真治らしいといえば、それまでなのだけれども、ありがち、まとめすぎ。作品としてはちょっと評価できない。いや、嫌いなわけではないのだけれど。


ネットでの感想は、存外、好評なものが多いよう。未読の方は、ぜひご自分の目で確認ください。


蛇足:ページの下スミに波の絵があり、これが章を進むごとに高波になっていく。物語の期待を、どんどん盛り上げていく。この演出は、ちょっと素敵。