一枚摺屋

一枚摺屋

一枚摺屋

「一枚摺屋」城野隆(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、近代、小説、読み物、ミステリー、時代小説、時代ミステリー、松本清張賞受賞


ネタバレあり!未読者は注意願います。


今年度(2005年度)第12回松本清張賞受賞の時代ミステリー。時は幕末、町奉行所で厳しい取り調べの後、死んで帰された父。なぜ、父はそこまで厳しく取り調べを受けねばならなかったのか、ことの真相を探り、父の仇を討つべく潜りの一枚摺屋(瓦版屋)を始める文太郎と、その仲間の活躍。


ありゃ?本当にこれだけ?・・・あっけないのだ。


一枚摺とは上方(関西)のいわゆる瓦版。草紙屋の父が、副業として信念を持って行う一枚摺屋。儲けではなく、民衆に真実を伝えることを目的としていた。そんな、ある日、戯作にうつつを抜かし遊蕩する勘当息子、文太郎が、父親のために書いた記事がきっかけで、父親は取り調べを受けることになった。
お上にとって、痛い記事ではあった。しかし、それほど大した内容でないはず。なのに父は変わり果てた姿で戻ってきた。なぜだ。ことの真実を突き止め、父の仇を討つため、潜りの一枚摺屋となり、ゲリラ的に一枚摺を販売する文太郎。その内容は、幕府にとって民衆に知られたくない、第二次長州征伐の内容。戦争の状況は幕府側にとっておもわしくない。長州征伐の準備のために情報を必要とする商人、町民、あるいは思惑を持った各藩のご用人、文太郎たちの作った一枚摺はそういった人々に飛ぶように売れた。しかし、お上も黙っていない、奉行所の取り締まりから逃げまどう日々。
時代は、江戸から明治に変わろうとする時期。幕府体制の弱体化、それに伴う各藩の動き、それらを背景とし、文太郎たちは一枚摺を発行し続ける。そんな彼らは父親の死の真実に近づけるのだろうか。


以下ネタバレ!あり


松本清張賞受賞ということでミステリーを期待して読んだのが間違いか。気楽に読める時代小説。
主人公は、勘当されているとはいえ草紙屋の御曹司、幼いころから柔術も嗜み、幼なじみとの恋仲も描かれる。まさに、絵に描いたような主人公(ヒーロー)。その主人公が、仲間の助けを借りて、父の死の真相を探るという物語なのだが、本当にそれだけの物語。それ以上がない。
江戸時代末期、幕府弱体、倒幕、一枚摺屋という諜報に近い職業と来れば、読み手は、物語がおのずから幕藩体制に伴う権力者の大きな隠された秘密に辿り着くはずと思う。さらに、それは民衆とは直接関わりのない権力者の争い、そこに巻き込まれた力無き人々、真相が明らかにされ失脚する権力者、と続くことを期待する。しかし、本作は本当に小役人の保身だけだった。いや、確かに真相は暴かれ、権力者(小役人)は失脚する。確かにミステリーの構図は、構図なんだけど。


とにかく、あっさり、あるいはご都合的。TVの時代劇好きが喜ぶような、小さい世界の予定調和。役人に追われたところに現われる、幼馴染で昔の恋人、お糸に助けられ、焼けぼっくいに火がつく。情報収集に行った京都洛北岩倉村で、ひょんなことから命を助けた女性間諜に、今度は命を狙われ、結局美味しい思い。おいおい。ショバ代をよこせと絡むヤクザの親分に気に入られ、娘婿にならないかと声をかけられる。恋人お糸を除くと、それらは後に続くことないその場、その場のエピソード。ええじゃないかを描いて時代を描くのかと思いきや、これもただのエピソード。
気持ちよく、爽やかに、楽しく読めるのが、それだけ。深みがない。軽く、浅い。こういう作品も悪くはないのだろうが、評価は遠い。