鉄塔武蔵野線(単行本版)

鉄塔武蔵野線

鉄塔武蔵野線

鉄塔武蔵野線」(単行本版)銀林みのる(1994)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、第6回日本ファンタジーノベル大賞受賞、鉄塔、少年、夏、男の子


ネタバレあり!未読者は注意願います。


個人的に勝手に「不遇の文学賞」と呼び、愛してやまない「日本ファンタジーノベル大賞」。この作品は、その第六回の受賞作。
同じ本読み人仲間の女子(!)mammiixさんの愛してやまない作品だそうで、初めて手にとってみた。
「?」ペラペラとめくってみると、本文のほかに各ページに鉄塔の写真が多数。小説だよな?。mamimixさんはこの作品を受賞せしめたことで、この文学賞は何でもありなんだなと思ったそうだだ。第一回受賞作が「後宮小説酒見賢一だった時点で懐が広いというか、「ファンタジー」という言葉を曲解しているというか。
この作品も最後のほうは、もしかしたらファンタジーかなという部分もあったが、苦しいな。「ネタバレあり」で後述したい。


ネットの書評を見ると、この作品は単行本と、ラストが異なる文庫本版があるらしい。文庫本の終わり方は、余韻を持たせたものらしい。
正直、それは正解かと。読んでいない文庫本版は評価できないが、単行本版の最後はどうも、よろしくない。終盤、涙が溢れそうになった気持ちが、あれれ?と、ちょと困惑。最後さえ、もうちょっとうまく収まれば、評価を下げずにすんだのに。


鉄塔オタクの少年が、転居を控えた夏休みのある日、近所の75という番号の付けられた送電線の75号鉄塔から順番に数字を遡り、1号鉄塔を目指す少年の夏の物語。少年は1号鉄塔に辿り着くことができるのだろうか。


「鉄塔ヲタク」を「鉄道ヲタク」にひっかけただけのけれんだとしたら、すごい労作。テツドウとテットウって少し似てるでしょ?
一冊の本に、この75本の鉄塔すべての写真がぎっしり掲載。物語を書くためにこの作家は、これら武蔵野線の送電線に連なる75本の鉄塔を実地取材して撮影している。作家のプロフィールはわからないが、もし本当の鉄塔ヲタクではなく、作品のためにこれだけのことをしたのだとしたら、ちょっとスゴイ、かなり奇人。いや、鉄塔ヲタクならば、それはそれで奇人なのだが。よかったね、受賞できて。


送電線の鉄塔って、一様かと思っていたら、結構微妙に色々な種類があるもの。主人公の小学五年生の少年見晴は、鉄塔ひとつひとつに男塔、女塔と性別をつけて、区別する。これが写真があっても全然わからない。やっと鉄塔の腕についている碍子連で区別するようだとわかるが、ごめん素人にはわからない。鉄道ヲタクの区別以上に遙か遠い世界。


!ネタバレ注意!


75号鉄塔から始め一本残さず順番に鉄塔を辿り、1号鉄塔を求める。各鉄塔の足下の四角い地面を結果と呼び、王冠で作ったメダルを埋め込みひとつひとつ制覇していく。近所の小学3年生の友人アキラとともに鉄塔を辿るが、23号鉄塔に辿り着く頃、日が暮れた。一旦は帰ろうと思ったが、やはり最後まで行きたい。アキラ一人を帰し、野宿する見晴。二日目も順番に辿り、4号まで辿り着いた。あと3つ。しかし、そんな見晴が出会ったのは、捜索願の出ていた彼を捜しに来た鉄塔会社の職員。見晴は、結局1号鉄塔まで辿り着くことができなかった。
思いを遂げることなく引っ越した見晴に、ある日招待状が届く。前人未踏の冒険を試みた見晴に対し、その鉄塔への愛情を敬意を表し、変電所の所長が1号鉄塔のある変電所へ招待してくれたのだ。
ここが、泣ける。75号からひとつひとつ進み、あと3つを残し、思いを遂げることのできぬまま引っ越し先の新しい環境に馴染もうとする見晴に、思いもかけないサプライズ。未練を残したまま、青春のほろ苦い思い出というかたちで終わるのかと思ったら、きちんと救われる。よかったね。不覚にも涙がこぼれそうになった。


しかし、この後が、変。まるでロアルド・ダールの「チョコレート工場の秘密」。見晴たちをリムジンで迎えに来る、まではいいのだが「一度も赤信号にひっかからなかった」が二度出てくる。あれ?なんだか妙、違和感。そして、変電所でごちそうが?え、なんでそんなにすごいカフェテリアが変電所にあるの?チョコレートに酔っぱらう変電所長。極めつけは、少年たちに電気の持つ不思議な美しさを見せてあげたいために、関東一帯を停電にする。ちょっと、やりすぎだろう。
淡々と、地道に現実の鉄塔75本を辿ってきたのに、ここにきて急にお伽噺というのは、いかがなものか。
ここさえなければ、評価を下げずにすんだのに。ラストが変わったといわれる文庫版に期待する。


蛇足1:地道に75本の鉄塔を辿る冒険(?)につきあってみたが、鉄塔に対する想いはやっぱり共感できないなぁ。
蛇足2:この作品を原作にした映画があるらしい。もしかしたら、とても叙情的なよい作品に仕上がっているのかもしれない。mamimixさんオススメの作品。ただ、映画では不在の父に対する想いを描いているらしいのだが、鉄塔=父というもの、いかがなものか、って、それは穿ちすぎか。
蛇足3:mamimixさんの本作品の感想bloghttp://kanata-kanata.at.webry.info/200508/article_9.html