再生巨流

再生巨流

再生巨流

「再生巨流」楡周平(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ビジネス、運送業、新規事業開発


正統派の骨太ビジネス小説。立ちはだかる数々の障害を乗り越え、ビジネスを成功に結びつける主人公。そして、この試練を乗り込えたとき、初めて、人を育てるということを知った。教科書のようなサクセス・ストーリー。愉快、爽快、そして痛快。


いまどきこんな仕事ひとすじ野郎を小説で読むとは思わなかった。自分の描いた仕事を完遂するためには、血を吐くことも厭わず、家庭も顧みない、そんな男。ひとむかし前のドラマや小説だな。
もっとも、本作の主人公は、決して家庭を顧みないわけではない。アルツハイマーの父と、それを看護する母、そして一人娘と暮らす。妻は早くに亡くしている。仕事ひとすじだが、母の身体の心配もし、娘にも老いた母の手伝いをするよう言う。そんな主人公であるが、あまたのサラリーマン小説の例に漏れず仕事のために父親の死に目に会えない。娘になじられながら、出た出張の間の出来事。あぁ、ニッポンのサラリーマン。ほんの少し前の小説なら、仕事を成功させてもどった後は、ほろ苦い家庭崩壊だったろう。しかし、この作品は大団円。気持ちよく読了。おもしろかった。


しかし、その評価はビジネス小説としてのそれ。ぼくの好きな、いわゆる小説、物語といった視点でみるとできすぎ。主人公の前に立ちはだかる障害も小説のスパイス。あっさり解決されていく。有能な主人公だからと言えばそれまでなのだが、こう、もっと深くえぐりこんで書いて欲しかった。ビジネス小説にそういうものを求めるのは間違いなのかもしれない。しかし「沈まぬ太陽山崎豊子のような小説があるのだから、例えビジネス小説であっても、より高みを目指して欲しい。そういう小説を読みたい、というのが個人的な感想。
☆3つは、物語・小説として。ビジネス小説というジャンルにおいて考えると☆4つかな。


吉野公啓、運輸業界大手スバル運輸東京本社第一営業部次長。総合商社のロジスティックス部門で画期的なシステムを開発し、ヘッドハンティングを経て転職してきた。スバル運輸においても単価を下げた戦術でなく、付加価値をつけた高単価商品、当日配送のエクスプレス便を開発し、収益をあげる。自分の思うとおりの絵を描き、それを実現することをビジネスの喜びとし、数々の商品を開発してきた。しかし反面、新たなビジネスを開発することだけに満足し、軌道に乗るまでには興味を失ってしまう。社内でも「次々に風呂敷を広げて、食い散らかすだけ食い散らかしてさっさといなくなってしまう。まるでピラニアのようなやつだ。いや、ピラニアならば、奇麗に骨だけにして行くもんだが、あいつはそれ以下だ」(P15)そんな陰口が聞こえてくるほど。しかし、吉野は構わなかった。自分の思い描く絵さえ実現できれば、それでよい。部下も同僚も、自分の開発した商品の実現のための道具に過ぎない。その容貌とあいまっていつしか鬼だるまと呼ばれる吉野であったが、ついに会社も決断を下した。部下を育てられない管理職など要らない。新規事業開発部部長への異動。目標は年商4億円。しかしその部署は、本社最古参の岡本千恵をアシスタントとし、入社5年目にしてノルマを一度として達成できない立川しかいない部署。事実上の左遷。
苦境の中で、文具即配ビジネスから、新たなビジネススキームを思い立つ吉野。郵政民営化を目前に揺れ動く運輸業界において、吉野はノルマを達成できるのか。途中、浪花節も交え、進む男のドラマ。


魅力的なキャラクターを配し、物語として読んでも、とてもおもしろい。
プロ野球球団に入団を前提に、鳴り物入りでスバル運輸に入社、実業団野球でスバル運輸を2年に渡り優勝に導いた男、蓬莱。腕の故障が原因で野球を続けられなくなるが、くさることなくセールスドライバーに転身。前向きに働き、転身後すぐ社内表彰までされる働きを見せる。その妻、藍子。まだ大学生の彼女だが、吉野と蓬莱の出会いの中で、このビジネスに参加、斬新なアイディアを提案する。吉野のもとで少しずつ成長する立川。夫婦二人でこの巨大な企業スバル運輸を立ち上げた、今は引退している社主曽根崎。吉崎の上司にあたる常務三瀬。それぞれの物語の中の役割がはっきりしていて、安心して読める。
しかし、反面、残念なのは30歳越えにして、もはや本社の最古参(!)とされているチームのアシスタント岡本千恵が書かれていないこと。
いまどき、30すぎの女子社員がいない会社なんて。この女性をもっと活かして欲しかったなというのは率直な気持ち。読者は勝手だ。


最後に敢て本作品の最大の弱点述べる。
この作品、主人公が部下を「育てる」部分が結局できていない。結果的に部下は「育った」のだけれど、それは部下の資質の問題であった。主人公は意識して、それを行っていない。本来この主人公の最大の課題であるべき部分が、解決されていない。


しかし、間違いなくおもしろく読める一冊。気軽に読むべし。