厭世フレーバー

厭世フレーバー

厭世フレーバー

「厭世フレーバー」三羽省吾(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、家族、父不在


本読み人仲間聖月さんのオススメhttp://kotodomo.exblog.jp/3408558ということで図書館に予約、同じく本読み人仲間mamimixさんの気になる一冊 http://kanata-kanata.at.webry.info/200511/article_17.htmlと知ったところに、図書館から連絡。期待して読んだ。


まず、苦言。オビが全然ダメ。「俺がかわりに殺してやろうか−父親が失踪。全力疾走のはてに少年は血の味を知った−」決して嘘じゃない。しかしこれでは映画の予告編と同じ、作品の一部をつぎはぎしたもの。「家庭の崩壊と再生をポップに描いた快作誕生!」これは当たり。うん。そういう作品。


「十四歳」「十七歳」「二十七歳」「四十二歳」「七十三歳」の五章からなる作品。それぞれを短編として連作と言いたい気もするが、やはり五つでひとつの作品。各章が、リストラされた失踪した父親に残された須藤家のケイ、カナ、リュウ、薫、新造といったそれぞれの人物のモノローグで語られる。


「十四歳」須藤家の末っ子、ケイ。陸上部に所属、ちょっと期待されていたが、父の失踪とともに自分ひとりで生きていくことを決意。部活を辞め新聞配達のバイトに励む。早朝、新聞を受け取ることを日課とする不登校の同級生の少女との交流。学校でその少女についての噂を聞き、最悪の想像をするケイ。
校内マラソン大会であるクロスカントリーに自信満々で望むケイ。部活の練習はしてなくても新聞配達で鍛ええている。昔の陸上部の仲間を差し置いてトップでゴールにはいってやる。
大会を終えて、少女のもとへ向かうケイ。新しい父親、嫌なんだろ?殺してやろうか?


「十七歳」須藤家の次女カナ。父親失踪の後、夜遅くまで家を空けることが多くなった。少し醒めた女の子。繁華街の路地裏で雨に打たれウロウロしているところを、仕込み中のおでん屋のオヤジに拾われた。どうにもほうっておけなかったらしい。そのまま、似たもの夫婦の奥さんとふたりでやっている店を手伝うことなった。必ず終電に間に合うように帰される、そんな日を過ごす。
物心ついた頃から、自分の家族に違和感を感じていた。実はカナとケイは、父親の二番目の妻の子ども。カナが生まれたことで、この家族はできた。妻子ある男とその浮気相手のこども、それがケイ。別に悲愴がったりはしないけど。
出会い系でオヤジと出会う友人につき合わされる。そこで相場と値踏みされた。
お金に困っているかと思われ、カンパしてくれた友人。本当にカナを心配するからこそ、バイトをやめるよう勝手に相談した、おでん屋のおやじとその常連。涙が勝手にあふれてきた。
みんなからもらったお金で、ペットショップに売れ残っていた猫を飼った。父の失踪とともにどこかへ消えた猫、部長の代わりだから部長代理と名づけよう。


「二十七歳」須藤家の長男リュウ。家族なんて関係ないと思っていたのだが、父親が失踪。俺が家族を支えなければ。使命感とは裏腹に、実は勤めていた防犯の会社を辞めたばかり。家族に内緒で職安に通うが、20代後半のとくに取り柄もないワカモノのと言えない人間に社会は冷たい。失業保険に、日雇いで得た給金を加え、母親に渡す。実は、この母、二度目の母。十歳のリュウを置いて、実母は家を出た。今度は親父かよ。複雑な気持ちを抱きながら、一家の大黒柱を演じるリュウ
日雇い先での外国人労働者との交流。数年ぶりに会う、リュウを置いていった実母との邂逅。


「四十二歳」父親が家を出て行ってから、浴びるように酒を飲むようになった母、薫。薫と、失踪した父親との出会いの物語。バカな女のために、その筋の事務所に飛び込む若き父親の姿。


「七十三歳」須藤家の祖父、新造。少しぼけてきている。そんな新造の物語。


章を読み進めていくうちに、徐々にその輪郭がはっきりする失踪した父親。柄にもなく労組の代表にされ、その上リストラされ、失踪ということで、気弱で貧弱な中年サラリーマンの姿をイメージしながら読んでいたら、どうもこれは違う、ちょっとぶっとんだ親父じゃないか。
万引きをした息子ケイを、店からの連絡で迎えに行った瞬間、ドロップキックを息子に喰らわせる。自分も受身がとれず痛そうな顔をする。これは、貧相なサラリーマンでもありか。でも「このクソ忙しいのに手間ぁ取らせやがって。見つかるような下手な万引きすんじゃねぇよ」「未成年の間は、どれだけ跳ね返ってみたところでケツ持ちは親だ。〜仕事中に呼び出されるのは俺が嫌なんだ」・・・ん?娘、カナが履くゴツいボロボロのリングブーツは父親の残したもの。リストラされても、退職金が水増しされたとヘラヘラしながら長男リュウに電話で話す父親。そして須藤家の母、薫との物語で明かされる過去。苦手な人の名前を次々にペットにつける。虐めるのではなく、そうすれば本人とも少しでも仲良くなれるのではと思っている。いやぁ、ぶっとんでる、この親父。
家族の物語を読みながら、この父親のギャップを味わうのもこの作品の醍醐味。しかもこの親父、結局、最後まで帰ってこない。ふつうひょこり帰ってくるだろ、この流れなら。


ポップで軽く読める家族小説。個人的には第一章で、ケイが言葉を交わす不登校の少女の謎が、リュウの章で解けるところがよかった。ケイの想像のまま、あのエピソードが終わるのは、読み手として気持ちよくない。さらっと書き流しながら、あたたかな物語にしているのがよい。
第二章カナの物語は秀逸。最近、癖になったかもしれないとカナが頭を掻きむしる様子。まさにありそう。失礼かもしれないが、mamimixさんって、こんな感じの女の子なのかもしれないと勝手な想像をしてしまった。勝手にまわりが空回りしているんだけど、それなのに心がじぃんとしてしまうカナ。
リュウや、薫、新造の物語も悪くないが、最初の二話カナとケイの物語には敵わない。そこが尻すぼみ気味でちょっと残念。


最終話、ボケた新造に言われ、お弁当を持って、家族でケイの駅伝に応援に行く、来るな、なんで、あたしまでと言いながら。最終ランナーにタスキを渡した後、チアノーゼになりながらも、不細工な走り方で走り続けるケイの姿。いいじゃん、うじうじ悩むより前へ進め!


心に残るとか、余韻が残るとか、ではないが、ほんのちょっと心温まりながら、楽しんで読む。そういう意味でオススメの作品。


蛇足:この作品を読んでいて同じ家族をテーマにした、こちらは母親が帰ってこない「グッドラックららばい」平安寿子が、ふと思い出された。こちらもオススメ。
蛇足2:[みつばしょうご]って読むんだ。