遠くて浅い海

遠くて浅い海

遠くて浅い海

「遠くて浅い海」ヒキタクニオ(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド、消し屋、天才


ヒキタクニオ、久々のミステリー。「凶器の桜」「消し屋A」に登場した耳這刀を持つ、消し屋と云う職業の男が主人公の物語。消し屋とは生きてきた人間の痕跡を消す仕事。殺人の後、その死体までも完璧に消失させる。自分の生きている痕跡である戸籍さえ消して、仕事を続ける。


ひとつの仕事を終えた、いまは将司を名乗る彼は恋人の蘭子とフェリーに乗った。蘭子は、身体を一切いじっていないオカマ。しかし、ぱっと見には男に見えない。そんな蘭子を妊婦にしたてあげ、フェリーに乗りこんだのは仕事の最後の後始末。ガードの固いヤクザの組長をやっと殺害、その死体を始末するため。普段は、死体を車ごと破砕したり、船を出して死体を始末するのだが、蛇の道は蛇、どこかでばれてしまう可能性がある。そこで今回は、自らフェリーの浴室で死体を解体。人目につかぬよう、妊婦にしたてた蘭子に運ばせ、航行中の船から投棄することにした。
沖縄に着き、リゾートホテルでのんびり過ごす将司に仕事の依頼が入った。
天才を消して欲しい、それも自殺させてほしい。
ターゲットは天願圭一郎、32歳。18歳の時に、『tengun』という新薬の基となる物質を発見、そのパテントで巨額の富を得ている。依頼主は小橋川、天願の親戚で天願のパテントの管理をする、そして彼も天願と同じ血族として、ある意味天才であった。
消し屋の仕事で重要なのは、相手の考えることを自分のものにすること。小橋川に頼み天願の屋敷を訪れ、ともに過ごす将司と蘭子。そこには、天願の従姉妹で13歳の麻という少女もいた。認め合う天才と天才。
天願の屋敷で知る天願の過去。母親に自殺され、4歳にして研究所に拾われ、その一切を記録されてきた天願。15歳にして、充分大人として通用する肉体を持った天願。天才ゆえの実験。小橋川との出会い。
そして、天願と将司の最後の戦いの鐘が鳴る。残るのは?
ほろ苦いラスト。明かされる真実。海に舞う遺骨。


可もなく不可もなく。どうも、このシリーズには馴染めない。薀蓄たれるハードボイルドって、嫌いじゃないはずなのだが、どうもいまひとつ乗れない。蘭子がダメなのかもしれない、あるいは主人公のゲイもかな。本作も、乗り切れないまま終わってしまった。
また、主人公の消し屋がターゲットとする若き天才、天願の32歳という設定の意味がよくわからない。天才青年として、もっと若くてもよかったか。とくに最後の真実を知るとそう思う。尤も、読んでいても、32歳をまったく感じなかった。冗長と感じられる、途中延々と書かれる15,16歳の天才青年にひきずられた感はある。小橋川との出会いはちょっと幻滅。最後まで天才で、スタイリッシュであって欲しかった。小橋川も魅力あるキャラクターのはずなのに、活かしきれていない。う〜んん、中途半端。


吉田秋生のマンガ「バナナ・フィッシュ」「夜叉」「イヴの眠り」を彷彿させる、天才青年、天願。消し屋でなく彼を主人公にしたほうが、もしかしたら、よかったのでは。