犬はどこだ

犬はどこだ (ミステリ・フロンティア)

犬はどこだ (ミステリ・フロンティア)


「犬はどこだ」米澤穂信(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、ハードボイルド、ネオハードボイルド、民俗学、探偵


ネットの本読み人仲間で評判がよい一冊。やっと図書館に入庫。借りてみた。


好きだな、この雰囲気。それだけで◎。作品として、どうかというのは後述するとしても、この等身大の主人公というスタイルに弱い。いわゆるネオハードボイルドのスタイル。ミステリーの流れにおいて、もはや時代遅れスタイルになりつつあるこのスタイル。屈強なハードボイルドへのアンチテーゼのように生まれた、スーパーマンではない、弱いし、傷つきもする、普通の人間が主人公。
大好きな「A型の女」マイクル・Z・リューインに始まる探偵アルバート・サムスンのシリーズに代表される作品群。、日本では、密かに原籙の探偵沢崎のシリーズもネオハードボイルドではと思っている。ダイエーで服を買う、東直己の探偵畝原のシリーズとか、個人的にはこうした等身大の主人公、探偵たちに惹かれてしまう。なりたいわけでも、なれるわけでもないが。
本作も、そういった意味で、ユーモア系の「探偵になりたい」パーネル・ホールのシリーズに似た雰囲気を持つ作品。ただ、ラストにただよう哀愁は、先に述べたマイクル・Z・リューインのアルバート・サムスンシリーズの最終話「豹の呼ぶ声」に似たやるせなさも感じた。
紺屋S&Rシリーズの第一作になると思われるこの作品の終わり方が、これでいいのかな、とちょっと思うところもある。


「紺屋S&R」、「S&R」は「サーチ&レスキュー」の略。省略しすぎたきらいはあるが、事務所の名前を書く窓のスペースの問題もあり、仕方ない。犬探し専門の探偵として、今日から営業開始。営業開始といっても、やっと事務所の準備ができたばかり、広告も出してなければ、名刺もできていない。なのに、事務所の電話が鳴り、依頼人がやってきた。大南さんの紹介だという。


主人公、私、紺屋長一郎。それなりに優秀な成績で大学に進学、安定を求めて競争率の高い銀行に無事就職できた。その直後異変が起こった。全身、アトピー性の皮膚炎となり、からだじゅうにかゆみ、血だらけになる皮膚。医者の言うことはすべて聞き、薬も飲めば、清潔も保った。好きだったコーヒーも刺激が強いからと控え、二年間耐えた。しかし、よくなる傾向は見られず。ついに、退職して、地元である八保市に戻った。なんてことはない、地元にもどった途端、皮膚炎はぴたりと治まった。あとには、疲れやすくなった25歳の男がひとり残った。
半年ほど、何もせず過ごしたが、リハビリをかねて事務所を開いた。昔、犬を探すバイトをしたことがあったから、犬探し専門の事務所。ほんとうは、おこのみ焼き屋をやりたかったのだが、水仕事は皮膚を酷使するから、あきらめた。
最初の依頼人は、八保市に隣接する小伏町の農家、佐久良且二。東京にいるはずの孫娘を捜して欲しいという。東京でコンピュータ会社に勤めていたはずの孫娘の行方がわからない。名古屋に住む両親も娘と連絡がとれず調べてみたところ、会社は先月末で辞め、アパートもひきはらっていた。その孫娘宛ての郵便物が、最近且二の家に届くようになった。そして八保市の消印のついた孫娘からの絵葉書が届く。孫娘、桐子はこの近隣にいるはずだ。
事務所の近くの喫茶店D&G<ドリッパー&グリッパー>は妹夫婦の店。三つ下の妹、梓とその夫、河村友春の店。皮膚炎にかかって以来、大好きだったコーヒーを一日一杯に制限にしているが、ここで飲むコーヒーはその一杯に値する。
翌日、事務所の前に明るい茶髪の若い男が立っていた。部長!声をかけてきたのは、高校の剣道部時代の後輩、半田平吉、通称ハンペー。いまやフリーターで、夜は宅配便の集荷場で働く。探偵という職業に憧れていて、先輩である私が探偵を始めると聞いて雇って欲しいとやってきた。人を雇う余裕はないが、私ひとりだけでは事務所がまわらないのも事実、完全歩合で手伝ってもらうことにした。
開業二日目、またもや依頼人が現われた。今回も「犬探し」でなく、今回も大南の紹介。大南は昔からの友人、現在は小伏町の町役場の福祉課に勤めている。高齢化の進む町で、若手が老人と仲良くするのは大変だと言っていた。そんな彼が紹介してくれた依頼人だ、彼の面目をつぶすわけにいかない。今度の依頼人は小伏町の谷中という集落の自治会長、百地啓三。地元の八幡神社で見つかった、特別な櫃に入っていた古文書の由来を調べて欲しいという。教育委員会には内緒で願いたい。
ふたつの依頼を私とハンペーの二人でそれぞれ受けもち、捜査に当たることにした。
私、長一郎と俺、ハンペー、交互のモノローグで物語は進む。ふたつの依頼は接点を見せ、絡み、そして迎えるラスト。私は行方不明の女性を見つけることができるのか、そしてハンペーは古文書の由来を解くことができるのか・・。


疲れやすい体質のちょっと知的な探偵長一郎と、愛車ドカティーM400を駆り、ドライマティーニとトレンチコートに夢はせる活動的な助手ハンペーの組み合わせの妙。フリータで肉体派かと思われたハンペーはその実、文章をけっこうものにしたりするギャップ。まさに「役不足」。その辺りも楽しい。
あちこちに言い訳とも言える伏線と、そこかしこにウイットにとんだユーモアあふれるコミカルな描写を織り交ぜ、薄味な物語がさらりと進む。ニヤリと笑いながら、迎えるシニカルなラスト。
オチはなるほど、納得はいく、少し苦しいかもしれないが。しかし、本当にこんなラストでいいのだろうか?やるせない最後。正義とは何か?通り一遍の正義が行われないことが作品の魅力か?判断は他の読み手に委ねたい。


正直ミステリーとしてみた場合、あまりにさらっと解かれる謎、とくに古文書のそれは、あまりにも簡単すぎる。いや、こういうことの調べ方がわからないとか、教育委員会に内緒にしておきたいとかは分かるのだが。
二つの謎というか、依頼が絡む辺りは、読んでいてちょっと気持ちいいのだが、もう少し深みが欲しい。この地の中世の史実を絡ませたり、ネットの個人情報の危うさを盛り込んだり、リアリティーを増すエピソードがあるわりに、上っ面を撫でただけという感じが残る。そのためか、長一郎がネットで心を開くチャット仲間<GEN>なる謎の人物も、本作での必然があまり感じられなかった。これは次作への布石とすべきか。ネット、コンピュータに関する記述は、少しでも知っているぼくらにはニヤリだが、パソコンに馴染まない読者を想定した場合、ちょっと不親切では。もう少し親切でもよし。


雰囲気は◎、物語は課題を残す。個人的には読んでいきたいシリーズ。是非、いい意味で化けて欲しい作品。ライトノベルほど流れすぎない、「小説」としてのライト・ミステリー。そして世界が広がりすぎず、また狭くなりすぎず。・・・難しい、注文。


蛇足:そいえば完結まで読んでないのだが、たがみよしひさのマンガ「ナーバス ブレイクダウン」って、こんなノリだったよな。身体が弱くすぐゲロする頭脳派探偵安藤君と、肉体派の三輪ちゃんのコンビ。懐かしいぃぃ!
蛇足2:ストーカーってのは、しかし、許せないなぁ。本作のストーカーの行動も。いや、しかしこの行動もちょっと安易な設定かな。上記で触れられなかったが孫娘、桐子の設定はうまい。でも、こんな女性傍にいたら怖いかもしれない。
蛇足3:上記に述べたネオハードボイルドのミステリー上の位置づけは、あくまで私見です。本当は従来のハードボイルドへのアンチテーゼといより、ベトナム戦争における疲弊した時代のアメリカとかの説のほうが、正しいかも。
そいえば、昔は、翻訳ミステリーばかりだったなぁ・・