僕と先輩のマジカル・ライフ

僕と先輩のマジカル・ライフ

僕と先輩のマジカル・ライフ

「僕と先輩のマジカル・ライフ」はやみねかおる(2003)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、怪奇、青春、キャンパスライフ


井上快人、中肉中背、銀縁眼鏡、卵形の顔、七三分け、これといった特徴のない男。敢えて言えば、真面目。尤も幼なじみの春奈に言わせれば「おもしろみのない男」。地元の国立大学M大学文化人類学科にこの春、入学。四当五落、9時には就寝してしまう習慣の身体で頑張って合格した。生真面目で要領が悪い、そんな主人公。対して要領がいいというか、本物の霊能力者の春奈は、快人にくっついてM大を受験。ナンの苦労もなく合格している。
友人の中には、もはや就職して頑張っている奴もいる、大学は自分の力で卒業する、宣言したのは間違いだった。世間の風は冷たかった。月の予算5万円、奨学金2万円とバイト代3万円では、下宿の家賃なんかそんなに出せない、なのに世間の相場は想像以上。そんな中で見つけたのが今川寮。今川庵と云ううどん屋の主人が大屋のその寮は、家賃月々1万円。それ以下の下宿は、見あたらない。何故、こんなに安いのか?いぶかしく思うものの、ない袖は振れない。幼なじみの春奈が霊能力者であることは認めよう、しかし、ほかの霊は絶対認めない、だから何が出ても構わない。空いていた105号室に入居を決めた。そんな快人を待っていたのは、一筋縄ではいかない寮生たち。
最初に現れたのは101号室の熊のような大きな男加藤茂、通称シゲさん。快人そっちのけで、付き添いの春奈にべったり。快人なんて存在さえ無視されてしまった。
続いて、104号室の黒川雄一、農学部三年、空手部の副主将。女には興味がない。さっそく空手部の入部を勧められる。空手部は浜コンもあれば、大学祭で演武会もあれば、演劇会もある。浜コンは、海辺でコンパ(飲み会)をやる。演劇会はベルサイユんのバラをやる、アンドレとオスカル。なんで、空手部が演劇?それもアンドレとオスカル?せっかくのお誘いだが、お断りした。そんな黒川は親切に他の寮生を紹介してくれた。102号室は平真、医学部。黒川が語るには、人間には興味がないが、人間を斬ることにだけ興味がある人物。日本の国家試験は彼を合格させるハズはないと、黒川は言うが・・。103号室、杉沢隆史、きっちりとしたスリーピースを着込んだ彼は、教育学部3年生。通称、カラガク、見てくれだけいい中身のない空っぽな額という意味だそう。202号室は東郷龍司、通称ロンさん。卓球部OBで5年生、工学部建築学科で実家は大工さん。大家さんも溜まった家賃の代わりに修繕の依頼なんかしているらしい。同級の柳川さんが、今年卒業、証券会社に就職、寮を出てしまいさびしいらしい。201号室はイチさんこと二上一(はじめ)、人文学部の4年生。無敵のギャンブラー。しかし、貧乏性。賭金が1,000円を超えると、こんな大金自分が稼いでいいのかと不安になり、途端に怪しくなるらしい。副業で金貸しもやっているそうだが、こちらも上限5,000円、しかも利息は十一(といち)、十日で一割、絶対借りるのは止めておこう。
残るのは205号室。205号室は?快人の質問に、寮生みんなの動きが止まった。そこに足音が。表情が無くなる寮生たち。
そこに現れたのはパっと見、高校生、軽くウェーブのかかった柔らかな髪を少し長めに伸ばした男。長曽我部晋太郎。自分でも今年何年生で、どこの学部かもわからない。休学やら留年で、たぶん8年生?身にまとったアクセサリーがお洒落だと思ったが、よく見ると、少し雰囲気が違う。通販で買ったオカルト、アクセサリーがじゃらじゃら。
寮の皆はなぜか恐れ、近寄らないようにしているようそんな長曽我部先輩に騙され「あやかし研究会」なる会に入会させられるぼくと春奈。先輩とぼくたちの一年の物語が始まる。


・・と、キャラクター設定、舞台設定はとても魅力的。貧乏寮生活の、青春物語が始まると期待すると、実はアテが外れる。物語は、ぼく(快人)とぼくにひっついている幼なじみの春奈、そして長曽我部先輩の三人だけを中心とした、寮をほとんど舞台としない、身の回りのちょっと不思議な出来事を推理、論証するライトな本格ミステリー連作集。あれ、この組み合わせって、西澤保彦のタックとボアン先輩になんか似てない?それにタイトルも『「ぼくたち」と先輩の、「あやかし」・ライフ』じゃない?


第一話「騒霊」
春、入寮したばかりの快人が今川寮で見た、女性の幽霊の謎。そして、大家さんのジンクス。今川寮にポルターガイストはいるのか?
第二話「地縛霊」
夏、先輩の紹介で無理矢理連れてこられた海辺のバイト先近くで起こる多発交通事故の謎。猪神村の伝説。事故は地縛霊のしわざなのか?
第三話「河童」
秋、大学際近くのM大学のプールに現れた河童の謎。
第四話「木霊」
木霊とは、古い木にに宿る精霊。市内の京洛公園の桜の下に死体が埋まっているという噂。さらにご高杉神社の神木の根本には、数年前の大金強奪事件で盗まれたお金が眠っているという噂も?


正直、がっかり。はやみねかおるという名前、児童読み物の売れっ子の書き手としてその名前だけは聞き及んでいたが、さすがに手を伸ばすのはためらわれた。それは正解だったかなと、今回思った。児童「読み物」は「児童文学」たりえないのだろうな、やっぱり。


この作品、おそらくはやみねかおるが、読者対象を今までの児童から、大人に切り替えた初めての作品と思われる。その意味で、新しい天地での大事な初回戦のはず。なのに、不親切。いろいろな、設定、謎が書き散らかされ、放り投げられたまま。活かされない、解決されない。前述した、寮と寮生。主人公、快人にくっつく春奈という女の子の持つ本物の霊能力。胸に書かれた、不思議な模様が洗い流されると人格が豹変し、しごくまっとうな人物になる長曽我部先輩の謎。同じく、なぜ寮生は先輩を恐れるのか。先輩とぼくたち以外のメンバーの見あたらない「あやかし研究会」とは?
あとがきではやみねかおるは、それらすべて「謎」と言いきってしまうがそれってあり?シリーズが前提となり、その謎が徐々に明かされていくことが自明であるなら別として、大人の小説としての新天地で、先がわからない作品がこれでは、というのが率直な感想。非常に魅力的な設定、登場人物だと思うが故に残念。
加えて本作品、文章が拙い印象があるのだが、これはどうなのだろう。


ぼくはあまり評価しないが、本格推理の好きな層が気軽に楽しむにはよい作品なのかもしれない。シリーズが続くなら、また、ちょっと評価が変わるかもしれない。


蛇足:ぼくの大学時代のサークルで、やはり最後は8年生の先輩がいた。どこか、浮き世離れしていて、ちょっと長曽我部先輩がダブって懐かしく感じた。いまはどうしてらっしゃるのかなぁ?
蛇足2:表紙のイラストは、ちょっといかがかな?表紙とタイトルから、女の先輩にひっかきまわされる話しかと想像してしまいました(苦笑)。快人かっこよすぎ。長曽我部先輩は裏表紙にいました。気づかなかった!