退廃姉妹

退廃姉妹

退廃姉妹

「退廃姉妹」島田雅彦(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、読み物、娯楽小説、戦中戦後、姉妹、私娼


鮮やかなオレンジをバックにした、ひと時代前の若い女性の蠱惑的イラストが表紙。人前で読むのがちょっと気恥ずかしい一冊。
舞台は丁度60年前、戦中から戦後にかけて。二人の美しい姉妹が、戦中戦後の混乱の時代をたくましく生き抜いた物語。
感想は、ひたすらおもしろい。まさしく、物語、読み物としての作品。あぁ、女性はなんて強く、優しく、そして愛らしいのだろう。作品を通して何かを読みとるのも自由なら、ただただ作品を、物語を、楽しむのも自由。そんな、読んで楽しむことが第一目的の物語。願わくばエピローグから始まる、姉妹の孫娘たちの2005年に繋がる物語の発表を期待する。本作品と同じく、ひたすら楽しくそして少しほろっとさせられるようなペーソスも交えて。「血は争えないねぇ」なんて惹句の帯つけて。「大地」(パールバック)のような混乱の時代を生きた家族の三代記。って、ちょっと大げさか。


宮本有希子、久美子は、映画制作に努める父を持ち、母を亡くした美人姉妹。戦争後期、政府や報道の伝える内容と、現実との違和感を覚えながら終戦を迎えた。物事の価値観が大きく変わっていくなかで、それでも人々は生活を続けなければならない。戦争意識を高揚させるための映画作りに携わってい有希子、久美子の父、宮本は、戦争中に自分のしていた仕事から逮捕されるのではないかと思っていた。しかし、案に相違して進駐将校のための慰安施設を作る仕事に就くことになった。もちろん娘たちには内緒で。「新時代の女性もとむ!」の広告に応募してきた女性を、進駐軍将校相手の売春宿に放り込む。同じ年代の娘を持つ父親として悩みつつ、しかし、生きていくために。そんな宮本の前に現れたのが寒河江祥子。東北訛り丸出しだが、磨けばとても美しくなりそうな娘。田舎の暮らしがイヤになり東京へ出てきた所、募集広告を見つけ応募してきた。一度は止めたものの祥子の決意にほだされた宮本は、自分の知っている知識を祥子に教え込み、宮本の呼ぶ”新天地”、将校慰安施設へ送り出す。
そんな宮本がひょんなことから戦犯扱いで逮捕されることなった。料理屋で食べた肉が、米兵の捕虜の人肉であった疑い。勿論、宮本自身はそんな覚えはない。
これからの生活は映画会社の元部下や、懇意にしている弁護士に助けを求め、頼りなさい、姉妹に手紙を綴る宮本。果たして、姉妹が訪ねた先は、父が今いましている仕事を暴露する元部下と、宮本の財産を狙う弁護士の計算高そうな目。父の残した借金から家を守るため、これからは二人で力を併せて生き抜いて行かなければいけない、そう誓う二人であった。
そうした中、久美子は自らの身体を売ることを思い立つ。新橋で知り合った娼婦、お春に止められたにも関わらず、たった一足のストッキングと引換に処女を失う羽目に。想像していた以上に心にショックを受けた久美子であったが、しかし自分の家でお春ともどもお客をとることを思い立つ。姉の有希子には受付を引き受けてもらう。さらに父を訪ねてきた祥子も加わり、姉妹の家は会員制の娼館と化していく。
そんな中、有希子に想いを伝え出征した後藤少尉も、東京に戻ってきた。特攻崩れで、心に傷を負った後藤に、愛を貫く有希子。裁判を無事乗り切り父も帰り、はてさて物語はどうなることやら。


一人の男性に愛を貫き、女性として心身ともに成長する姉。対して、大勢の米兵を相手に身を売り、心のどこかに淀みのようなものを覚える妹。単純に、純愛が良く、身体を売ることが悪いという図式を当てはめるつもりはない。しかし「阿修羅ガール」(舞城王太郎)の冒頭の一文「減るもんじゃねーだろとか言われたのでとりあえずやってみたらちゃんと減った私の自尊心」 ではないが、やはり自尊心は傷つき、そしてすり減っていくのだろう。特に戦後すぐという、ひと昔前の時代の世間の目というか、常識、良識の中では。勿論、それは現代においても同様であるし、あるべき・・いや、あって欲しい。特に年頃にならんとする娘を持つ父親としては(苦笑)。


とにかく、おもしろい物語。気楽に読んで終わった。ちょっと残念だったのは、後半が有希子と後藤の物語のみでまとまってしまったこと。是非に久美子をもっと絡ませて欲しかった。また、明かされる母親の死の真相が物語全体の中では馴染んでない感じがした。エピローグとつながり、愛に生きる女性の系図を描きたかったかもしれないが、そうだとするなら、父親にもっと屈託を持たせるべきでは。


蛇足:いいわけ・・もしかしたら。あらすじ、少し嘘かも(苦笑)。詳細な点がうろ覚え。