海賊モア船長の遍歴

海賊モア船長の遍歴

海賊モア船長の遍歴

「海賊モア船長の遍歴」多島斗志之(1998)☆☆☆★★
※[913]、小説、海賊、冒険譚、活劇、東インド会社、インド洋、17世紀


年始早々仕事が忙しく、年末年始に読んだ本の記録がつけられない状態。やっと、仕事の落ち着き先が見えて一安心。と、思ったら、図書館から新たに5冊ほど予約した本の取り置き連絡が・・。むむむ。どこかで収拾がつくのか。
今回の作品「海賊モア船長の遍歴」は、実は新刊リストで見かけた「海賊モア船長の憂鬱」という作品の前作にあたるもの。ちょっと、ひっかかったので借りてみた。評価、微妙。
いや、おもしろい、それは間違いない。しかし、もう少し欲しいなというところが素直な感想。その物足りなさは、この作家が敢て血湧き肉踊る描写を避けた、抑えた筆致で淡々と描くことで、この作品の持ち味を演出しているということを重々頭で理解しながら、率直な感想として敢て述べておく。


物語は17世紀末、イギリス国王から海賊討伐の委任状を授かったキッド船長が「アドヴェンチャー・ギャレー号」でロンドンを出帆するところから始まる。テムズ河を出たところで、優秀な水夫半数近くを海軍に強制徴募され、意気喪失していたキッド船長のところへ、<大樽>と呼ばれる水夫が、街の酒場で見つけた昔馴染みの船乗りジェームズ・モアを雇い入れるように頼みこむ。モアはかっては東インド会社での船で航海士をしていたこともある優秀な船乗りだと<大樽>は言う。しかし、キッド船長の目には薄汚い濡れ雑巾のようにしか見えなかった。にもかかわらずキッド船長はモアを雇い入れた、船員は足らないし、投げやりな気分でいたのだ。
ジェイムス・モア。東インド会社の航海士をしていたのは事実である。しかし航海中に海賊に襲われた際、会社から海賊一味の内通を疑われ解雇された。さらにその帰国と同時に、同僚の妹で、結婚したばかりの愛する妻が失踪した。郊外の林で死体が発見され、妻殺しの嫌疑をかけられるが、幸いなことに有罪となる証拠が揃わず放免、真相は闇の中である。以後、故郷の町に引きこもり鬱々とした孤独な日々を送り、廃人のような生活に堕ちていたところを、見習い水夫のころからの知り合い<大樽>に拾われた。
船上での生活で、モアは蘇った。アドヴェンチャー・ギャレー号の残された水夫たちのなかで、ひときわ手際のよいうごきを見せるのであった。
キッド船長の航海は運に恵まれなかった。しけに遭遇するが、熟練の水夫が不足しており、対応も誤り帆を破る。航海中に出会ったイギリス艦隊に国王の書状を見せ、帆布を分けてもらおうとしたが断られる。熱病で船員の多くを亡くす。勿論、海賊船に出会うこともない。そんな中、キッド船長は追いつめられていた。もともとキッド船長は投資家との契約で、この航海が無収穫で終わった場合、投資家の投資した金額を自腹で返済しなければならなかったからであり、まさに今その財貨も潰えんとするところであった。そして、ついにキッド船長は決断した。自らが海賊になることを。伝説の海賊キッド船長の始まりである。
海賊行為を続けるキッド船長であるが、自らの都合のよい解釈を行い、自分たちは<海賊>ではないと信じ込む。あくまで契約に則り獲物は投資家のものであるとし、雇い入れた水夫たちへの分配を渋っていた。そんなキッド船長への不満は高まり、結局、獲物は分配されたものの水夫の多くは、航海途中に同行していたキッド船長の昔の知り合い、クリフォード船長率いる海賊船「モカフリゲート」に移ることになった。そしてモアも、未だ無罪放免で帰国できると信じているキッド船長に別れを告げる。七人の仲間とともに、もらいうけたアドヴェンチャー・ギャレー号で、海賊モア船長として新たな航海が始まる。
<大樽>、<奥方>、<大工頭>、<弾薬庫主任の穴熊>、<ドクター>、<ふくろう>、<火薬猿(パウダー・モンキー)のビリー>という旧来の仲間に、新たに<イルカ>、<歯無しのサム>、鍛冶屋の<プラトン>、<幽霊>、<会計士(パーサー)>そして、後にモアの片腕となって働く<男爵(バロン)>、幾つもの海賊船を渡り歩いてきた<爺さま>をはじめとする60人の余りの新しい仲間を加え、アドベンチャー・ギャレー号は新たな航海に出た。<爺さま>の助言をあおぎ、自由で平等な<掟>も決められた。この頃の海賊の掟は、船長さえ投票で選ばれる。船長の投票では、モアの対抗として男爵がまつりあげられたが、男爵のひとことでモアが船長に選ばれる。当面の間だが・・。そして、男爵はモアのよき片腕としてナンバー2の操舵手に選ばれ、以後、ふたりのよき関係が続く。
拷問により殺されたという兄、アーサー・モアの死の謎、鍛冶屋<プラトン>が興味を持つ、ジャパンという東洋の国が生む特殊な剣、男爵が追い求める<薔薇十字軍>とは?、そして男爵の過去、薔薇十字軍と東インド会社の関係、亡き妻の兄でかっての僚友が船長を勤める<セプター>号との戦い、拉致したムガール皇帝の孫娘の男爵への想い、そして侍女頭のモアへの想い、亡き妻の死の真相、マドラス長官トマス・ピットとの出会い、そして兄の仇でありまた裏切り者である憎き仇敵ブラッドレー船長率いる<タイタン>との戦い。様々物語とともに航海は進むのであった・・。


史実とフィクションがどれだけ混在しているのか分からないが、事実としての東インド会社とその時代の海賊の姿が活き活きと、しかし抑えられた筆で描かれている。モア船長の優秀な船乗りとしての判断や、奇策がおもしろいようにはまり、まさしく楽しむための物語。次作である「モア船長の憂鬱」も楽しみ。
しかし、敢て何度も云うが、行間の余韻というか、想像の余地がこの作品の個性であり、淡々とした「おとなの物語」であるのはわかるのだが、もっと心躍る書き方が欲しいような気がするのも率直な感想。
いや、それではこの作品の個性、魅力、持ち味とかけ離れ、別の作品となってしまうので、ねだること自体が無意味というのは分かっている。