灰色の王-闇の戦い3-

snowkids992006-01-15


灰色の王 (児童図書館・文学の部屋 闇の戦い 3)

灰色の王 (児童図書館・文学の部屋 闇の戦い 3)

「灰色の王-闇の戦い3-」スーザン・クーパー(1981)☆☆☆★★
※[933]、海外、ファンタジー、ハイファンタジー、児童文学、光と闇、アーサー王伝説ウェールズ


ネタバレあり!というか詳細なあらすじあり!未読者は注意願います。


光と闇の戦いを描く<闇の戦い>シリーズの三作目。次作「樹上の銀」で四部作の終了となるが、本作はこのシリーズを完結へ導くための重要人物の登場を描く作品。そういう意味でまさしく通過点であり、単独の物語として評価することはあまり意味がない。もちろん、作品として完成度が低いとかそういうことはない。ただ、主人公ウィルの登場という第一作、シリーズとしては書かれていないが、このシリーズを生み出す最初の物語「コーンウォールの聖杯」に続く第二作と比べると、この作品が非常に地味な作品であることは否めない。


肝炎を患い高熱のため、<光>の大事な使命を歌った詩の記憶を失うウィル。うなされ、母の顔すらきちんと識別できないありさまであった。峠は越えた、しかし体力も落としており、しばらくは学校へ行くのも無理だろう、古馴染みの医者のすすめで母の従姉妹の住むウェールズで静養することになった。
ウェールズでウィルを迎えに来たのは、母の従妹ジェン叔母さんの息子、ウィルの大好きな長兄と同じ年ごろのリース。家に向かう山道の途中でウィルを乗せた車は突然跳ね上がったかと思うと、道の片側にそれ、タイヤが溝にはまってしまう。タイヤ交換をするリースに語りかけ、去っていくひとりの男、カラードグ・ブリチャード。村の嫌われ者、いまもリースを嘲り、手を貸すことなく去って行った。
タイヤ交換を終えたころ、天気は霧雨が本降りとなっていた。山のてっぺんのほうの雲が破れたみたいになっている、晴れるのかな。ウィルの言葉に答えるリース。ブレーニン・フルイド、つまり<灰色の王>、灰色の王の息、そう呼ばれるあの状態は、天気が悪くなる兆候なんだ。
<灰色の王>、その言葉は、ウィルが永久に覚えてなければいけないかったものの一部。ウィルの頭に蘇る記憶の一部。もしかしたら思い出せるかもしれない。
母の従妹のジェン叔母は、休暇でウェールズを訪れた際、若いウェールズ人と恋に落ち、そしてその地で結婚した。その相手がデヴィッド・エヴァンズ叔父さん。そしてウィルはその家で名状しがたい不思議な魅力を持つ、羊飼いのジョン・ローランズと出会った。
牧羊地で、断片的に思い出される詩のことを考えていたウィルは、ひとりの少年と一匹の犬に出会う。不思議な銀色の目を持つ犬、カーヴァル。カーヴァルと出会い、ウィルは忘れてはならなかった古い詩を思い出す。そして、白髪で眉も白く、漂白された貝殻のように色を欠くその少年の、金色の目を見た瞬間ウィルは叫ぶ「<鴉の童子>、古い詩のなかで君はそう呼ばれている。」
少年の名前はブラァン・ディヴィーズ。父はデビット・ヴァンズに雇われている。ブラァンというのはウェールズ語ハシボソガラスのことだという。そして、ウィルのことを<光>の<古老>のひとりであるといいあてる。その一週間前、ブラァンはメリマンと出会い、<光>と<闇>の話を聞かされ、ウィルの探索を手伝うことがブラァンの役目だと言われたという。ウィルとブラァンの、古き詩に秘められた<光>の最後の味方をめざめさせるための<黄金の竪琴>の探索が始まった。
牧羊地で起きた山火事のなかで、探索の地に辿り着くふたりと一匹。そこには三つの人影があり、ブラァンとウィルにそれぞれ質問をする。その謎を答えなければ、探索は失敗する。無事謎に答え終えたふたり。三つの人影は、それぞれに<光>の古老メリマンであり、メリマンが「わが君」と呼ぶひげの貴人、そして<闇>の側、灰色の王に使える者であった。無事、<黄金の竪琴>を手にし、牧羊地に戻るふたり。しかしそのすぐ後には悲劇が待ち受けていたのであった。


<闇>の<灰色の王>の手下、灰色狐ミルグウンの惑わしによってブリチャードの銃で愛犬を喪うことになったブラァン。光や闇や、ウィルやメリマンさえいなければ、こんなことにならなったのに、ブラァンはウィルに絶交を言い渡す。そんなブラァンの出生の秘密を、<光>の古老であるウィルに、ジョン・ローランズは語る。ブラァンは、父であるオーウェン・ディヴィーズがまだ父の代のブリチャード農場で働いていた頃、ある日訪れた若い女がおぶってきた赤ん坊であった。その娘グウェンに夢中になり、ほれぬいたオーウェン。しかしオーウェンが外出している間に、グウェンに手を出そうとしたカラードグ・ブリチャード。あやういところに戻ったオーウェンは、カラードグ・ブリチャードを放り出し、鼻の骨と歯をへし折った。そのことがカーヴァルを撃つに至るまでにあったディヴィーズ家とブリチャードの間にあった確執。そして事件の数日後、グウェンはブラァンを残し姿を消した。母親が姿を消したことは知っているが、実の父親がオーウェンでないことは知らないブラァン。
今度はジョン・ローランズの愛犬ベンの息の根を止めてやる、カラードグ・ブリチャードは思い込んだ。ベンを狙い、ブリチャードが動いたことを知ったブラァンは、絶交していたはずのウィルのもとに走る。しかし、ベンは灰色の王の力<眼石>の力によってうち捨てられた古いコテージの床に留め置かれてしまう。ベンを救うには、<黄金の竪琴>で<眼石>の力を解きはなつ必要がある。痛む身体をひきずりながら<黄金の竪琴>を取りにもどるウィル。一方、コテージではブラァンの父オーウェンがブラァンに真実を語る。11年前、まさにこの場所で起きたことを。
そしてウィル知るのだった。ブラァンの本当の姿、そしてメリマンがブラァンの真実の偉大な父親のそばに常にいたように、自分がブラァンを助け支えることがずっと昔から定められていたことを。
時は来た。まさしく<眠れる者たち>の眠りから呼び覚ます時が。
そして、ブラァンも知るのだった、己の真実の姿を・・。


敢て詳細なあらすじを書いたのは、先にアップした「影との戦い」と同じ理由。シリーズものは、続けて読まないと、あらすじや重要な登場人物を忘れてしまうことが多いため、自分の備忘録として、あえて詳細に書いてみた。実は、本作品を読了したのは年末であり、いざレビューを書き始めてみると、詳細な部分を早くも忘れていて、何度も本書のページを繰りなおさなければならぬ羽目になった。詳細な部分がシリーズを読み通す上で必要かどうかは別として、同じシリーズの他の作品と比べ、この作品の記憶が薄くなってしまうのは、やはりどうしてもシリーズのなかで地味な作品であることによるものだと実感した。
最も簡単にこの作品のあらすじを語れば「ウェールズの地で、主人公ウィルが、古い詩を解き、光の最後の戦いを助けるための眠れる者たちの探索をする。そして、偉大なる王の血を引く者と出会う」になってしまう。
勿論、シリーズを読む上では、この程度のあらすじでも、もしかしたら充分なのかもしれない、しかし、この作品に描かれた、そして敢てあらすじには触れなかった”哀しみのようなもの”は簡単なあらすじでは伝えられないような気がする。もっとも”哀しみのようなもの”は、詳細なあらすじを書いたところで未読者には伝わらないと思う。これはあくまでも既読者が、記憶を呼び起こすための手助けになれば、そして、未読の方の興味を引くきっかけになればと思い書いている。


本作品においても「光の酷薄なまでの崇高さ」について、作家は触れる。本作品で光の側の味方につくジョン・ローランズをして語らせる。
「一番芯になるところにな。ほかのもの、人情とか慈悲とか思いやりとか、たいていの善人が何よりも尊ぶものが、<光>にとっちゃ二番目にしかこない。(中略)だが、最終的には、君らの関心は絶対的な善にあるんだ。(中略)<光>の中心に冷たい白い炎があるのさ。<闇>の中心に宇宙なみに底のない、でかい黒穴があるようにな」。ウィルは答える「ぼくらには運命(さだめ)しかない。やらなきゃいけない仕事みたいなもんさ。(中略)ぼくらは戦争をしているんだよ。生死をかけた戦いなんだ−ぼくらの生のためじゃない。あなたたちの生のためんなんだ」。そんなウィルにローランズは「君が住んでるのは冷たい世界だな、坊や。わしはそんな先のことまでは見ない。いつだって、どんな大義名分よりもひとりの人間のほうをとる」と語る。
そしてウィルは膝を抱えて悲しげに答える「そりゃ、ぼくだって」「ぼくだって、できるものならそうするよ。そのほうがずっとぼく自身にとっても楽なんだ。けど、それじゃだめなんだもん」
勿論、シリーズを通し作品が描くのは<光>の絶対の善であり、正義である。その大なる使命の前には一人、二人の弱い人間の犠牲は致し方ないなのであろう。しかし、それは本当にそうなのか。若き古老として、子どもらしい無邪気さをなくし、老成した少年であるウィルは本当にしあわせなのか。絶対の善である、古い大きな魔法の力により、古い時代から現代へ送られた子どもを、慈しみ育てた者に対する光の仕打ちは、それが絶対の善であるという言葉でくくってしまってよいのだろうか。改めてシリーズ三作目まで読み返し、<光>の絶対的な善であり正義に伴う”哀しみのようなもの”が、この作品で一番感じられた。


さきに「光の六つのしるし」を語ったときにも触れたが、日本のファンタジー作品「空色勾玉」(荻原規子)で描かれる、日本のファンタジーで語られる「光」と「闇」の関係をいまいちど思い返してみた。いや、絶対の善が横暴だとか言いたいわけではないのだが。


蛇足1:レビュー本文で触れ損なってしまったが、この作品のなかで<古詩>を読み解き、謎を解くという部分が作品の魅力のひとつであることを改めて記す。このシリーズのなかの言い伝えの<古詩>は、翻訳であって格調高く、魅力的である。
蛇足2:「闇の戦いシリーズ」レビューurl
    「光の六つのしるし-闇の戦い1-」
     http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/15261856.html
    「みどりの妖婆-闇の戦い2-」
      http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/15581265.html