おんみつ蜜姫

おんみつ蜜姫

おんみつ蜜姫

「おんみつ蜜姫」米村圭伍(2004)☆☆☆★★
※[913]、国内、小説、時代小説、小藩、江戸時代、やんちゃ姫

ネットの本読み仲間の間では、そこそこ評判のよい本書であったが、残念ながらぼくには合わなかった。
きちんとした時代考証のもとに書かれた、丁寧な佳作、小品であることは認める。しかし、こじんまりまとまりすぎている。ペーソスあふれたほのぼのユーモア小説と思いきや、存外簡単に人が、それも血を流して(!)死ぬ。旅を通じた成長がない。講談の語り手よろしく作者が顔を出す語り口がちょっと、優しすぎるのが気に入らない。話があちこちに飛び、ちょっと散漫。こうした少しづつの減点が積み重なると、やはり主観的な評価は下げざるを得ない。
とくに、旅を通して主人公である蜜姫が、何も成長しないというのはいただけない。ほんの少しだけ、成長に結びつくような出会いと別れがあるのだが、そしてそこに成長はあったのかもしれないが、それが明確に書かれていないのであれば、やはり評価しづらい。水戸黄門となぞらえる向きもあるが、老人であり、大人である水戸黄門が成長しなくても文句はないが、まだまだ成長の余地ある若き姫が旅というものを通し成長しないのであれば、やはり物語の魅力半減である。いや、成長するのは姫でなくて、姫が訪れた先の人々でも構わない。貴種流離譚や、ストレンジャー神話という物語の定型を外さないのであれば、もう少し評価できたと思う。


と、書いておきながら、楽しんで読んだ。まさしく読み物である。物語に期待するものが違えば、肩のこらない、楽しい読み物として評価できるのかもしれない。故に未読者は、このレビューに惑わされず、自分の目でしかと判断されたし。


ときは八代将軍吉宗の時代。九州豊後の小藩、温水藩の大名乙梨利重の末娘、蜜姫の物語。
ある日、豊後の暴れ姫と異名を持つおてんば姫、蜜姫と馬を走らせていた父の命が忍びの者に狙われた。得意の落馬(!)で落馬をし、あわや難を逃れた利重。蜜姫は聞く。命を狙われるような覚えはあるのか?実は、父は同じ小藩の讃岐国風見藩へ蜜姫を嫁にやり、ふた藩の併合を目論んでいた。藩の力が大きくなるようなことを幕府が認める訳がない。しかし、父は自信たっぷり。将軍家の弱みを握っていると言うのだ。さすれば、刺客の送り主は八代将軍吉宗?!恐れるよりも、自らを隠密として、吉宗の動向を探ることを決め、また、自分の目で自分の結婚相手、風見藩の藩主時羽光晴の検分をすることを決める蜜姫。
和歌を愛し、四十を越す今も若々しい母、甲府御膳と呼ばれる、宇多に相談すると、見聞を広めることはよいこと、どしどし出奔しなさいと勧められる。女の一人旅は物騒なので、武者修行の若侍のいでたちで行きなさいと、何やら、衣装まで用意してくれる始末。旅を通じ、いかに凛として咲く娘となるか会得してくるのです。路銀を渡され、さらに母の愛猫タマまで道行にしなさいとあてがわれ、蜜姫の旅が始まった。
そこそこの剣の遣い手を自認する蜜姫であったが、城を出た途端出会った忍びの者たちとの戦いでは早くも死を観念する。その蜜姫を救うのが、忍び猫のタマ。実は、母の嫁入りについてきた庭師平六ははマタタビの平六と呼ばれる武田忍びの者。その彼が育てたのが、忍び猫のタマ。あっという間に、忍びの者の喉を掻き破り、倒してしまう。恐るべし忍び猫。
道中、心やさしい船乗りの老人との出会いがあり、あるいは乗っている船が海賊船と衝突、ひとり風見藩に漂着、風見藩の冷や飯ぐらいの武家の三男坊たちを味方につけたり、奇妙な城の回り方を藩民に押し付ける藩主光晴の命を助けたり(実は、母に頼まれた武田忍びの笛吹夕介が助けるのだが)、海賊退治をしたり、吉宗の隠された落胤をめぐる尾張徳川の幕府転覆を狙う陰謀に巻き込まれたり、武田家に伝わる秘宝を探したり、そして、蜜姫と尾張柳生剣士の死闘。あれやこれやのてんやわんやの物語。


本作品もともとは「藍花は凛と咲き」という新聞小説だったそう。なるほど、確かに、毎回、毎回読者の興味を引くべく工夫が凝らされている、しかし、それが反面、作品全体はこじんまりしているにもかかわらず、ちょっと散漫な印象を生んでいる。
ないものねだりであるが本作品のもともとのタイトル、あるいは母宇多が、蜜姫に語った「凛とし咲く女性」になるための物語、成長譚にテーマを寄せたほうがよかったのでは。目的は成長の旅のはずなのに、道中、多くの人と出会いながらも、蜜姫が成長しているという感じがしないは、どうも残念。
また、年ごろの姫君という点でいえば、やはりロマンスのかけらも欲しいところ。父が決めた許婚(いいなずけ)光晴との物語は?あるいは、母、宇多がちょっとめろめろとなった夕介、あるいは僅かながら瞬間(とき)師匠と弟子であったものの哀しい闘いをしなければならなった柳生の厳也とか、。


何度も言う、決しておもしろくないわけではない。しかし、もう少し、もう少し・・。