孤虫症

孤虫症

孤虫症

「孤虫症」真梨幸子(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、ミステリー、ホラー、バイオ、サイコ、メフィスト賞寄生虫


「第32回メフィスト賞はバイオ・サイコ・ホラーだ!!」帯の文句は間違いなし。ミステリーもプラス。
ネットでの評判は決して高くない本書。あまりオススメしないと、どこかでも言われたような・・。いや、期待しないで読んだら、ぼくには存外、ヒット。期待しなかったせいがあるのかもしれないが、おもしろかった。☆はおまけで、四つ。ちょっと甘すぎかな。


出会い系で知り合った複数の男性と、日常の不満を晴らすためにだけに奔放なセックスを楽しむ主婦の物語。エロエロモード全開の作品と思い読んでみたら、ちょっと違った。確かにエロエロもあるが、期待していたほど(笑)でなく、逆にそれに走らないで、敢て抑えて書いているとさえ思えた。ホラー部分も同様。サイコ・ホラーについても、バイオ・ホラーについても、ともすれば書き込むことが、そのジャンルの作品の矜持と思っているのかと思うほどそういう作品が多いなかで(だから僕は苦手なのだが)、抑えた筆致で描かれている。それ故に、色々な意味で本来眉を顰めて読むような物語も、すんなり読めた。ただ、これはぼくの感想。充分、眉を顰めた人もいれば、痒みを感じた人もいる、あるいは逆に書き込みが不足していると感じる人もいるだろう。


例えば、本書で重要なテーマとなっている寄生虫について、実際に作品のなかで描写されるような症状はあるらしい。それが作家の空想の産物でなく、現実としてあるということは、作品のなかでも手軽な医学書のなかでサナダムシとか聞き馴染みのある名前とともに触れられている。字面を眺めているだけで、気分の悪くなるような「有鉤条虫」「有鉤嚢虫症」という言葉。主人公とセックスをしたことのある男が次々に身体中にブツブツと小さなコブができて死んでいく。その症例をもっと書き込み、読者に生理的な恐怖をさらに与えていてもおかしくないところを、抑えて書いていると思う。あるいは、主人公が複数の男性とセックスをすること、あるいは妹のそれについても、いたずらにページを割くことなく、物語に過不足ない描写で終わらせている。バランスが取れたホラー&ミステリーとしてぼくは評価した。そしてこの作家の「小説家」としてのスタート・ラインが、行き過ぎていなかったことに安堵する。


あと、1,500万円あれば、憧れの最上階の部屋を手に入れられたのに。T市のシンボル34階建ての高層マンション「スカイヘブンT」の8階に住む主婦である私が主人公。威光はなくなったとはいえ、今も世間的にすこぶる聞こえのいいK電機の花形部署に勤める夫と、小学六年生の娘を持つ。マンションで知り合った奥様連中が共同経営する自然食レストランでパートをするのが、生活やマンションのローンのためというより気を紛らわせるための、そして色々な言い訳のためのもの。夫とはもう、三年も身体を重ねていない。娘は自分の言うことなど耳も貸さず、なまいきなことばかり言って、自分の部屋にこもる。マンション購入というひとつの目的を達成したあとの喪失感からくるものなのか、妹名義で借りているアパートを隠れ家とし、出会いサイトで知り合った若い男三人と夫ともしたことのない奔放な性を貪る日々。ある日、我慢できない痒みを性器に感じた。図書館で家庭の医学書で調べたら毛ジラミかと思われた。男との逢瀬に使っているアパートで、感染元と思われた男の子を強く叱責し帰した後に、ひとりの女が現われた。「女、いたね。」中年女は、息子に何をしたと詰め寄る。このアパートで、セックスを楽しんでいた男のひとり、タクヤが死んだという。全身、びっしりとブルーベリー状の瘤に包まれて。いつまでも少女のように若々しい妹に、ストーカーにつきまとわれたとアパートの解約を申し入れた。これで、フリーセックスはひとまずおしまい。セックスなんてとるにたらないもの、それでも、何かに依存しなければいられなかった。それがセックス依存症だったのかも。私はひさしぶりにレース編みに没頭する。そう、昔は狂ったようにレース編みをしたものだった。かりかり・・部屋のどこかから、聞こえてくる。何の音?
高校時代の同級生から電話がかかってきた。同級の友人が亡くなった。その人のこと覚えている?二週間前に会って、セックスしたばかり。彼が死んだ。葬儀の席で聞いた、彼はブツブツの瘤だらけで死んだ。
かりかり、かりかり・・。またあの音が聞こえる。
寄生虫?気が遠くなりそうになりながら、医者に相談する。しかし、ストレスだという。下腹部が痛い。かりかりとする音が聞こえる。そして、痒い、痒い。だれか助けて・・・。


章が変わり、主人公は失踪した姉と変わり、その妹、奈未に変わる。バンドをしている夫と、幸せと言えない結婚生活を送る。それは、姉の夫への秘めた思慕からの逃避だったのだろうか。そんな奈未のもとへ、義兄から電話がかかる。塾の夏季合宿先で娘が死んだ。そして、姉は失踪していると。
義兄の話によれば、姉、麻美は少しおかしかった。素っ裸でぶつぶつ言いながら、床をのたうち回っていた。そして、切断した右手を、「体中が虫だらけになった」という置き手紙と一緒に残したまま姿を消したという。姉の行方を捜す約束をして家に戻った奈未。シャワーを浴びている最中に、聞こえる足音、夫のそれと違う。誰、誰なの?シャワー室から出た奈未を待っていたもの・・。


前章で書かれていた、若々しく可愛い妹という印象がどんどん変わりながら、妹も事件に巻き込まれ、物語は進む。そして最終章で明かされる驚くべき真実。文芸多岐森に投稿された原稿。麻美が以前住んでいた、老朽化したアパート、姉の隠れ家だった部屋に残されたもの。そして25年前の多岐森市に起こった事件。そして真実は・・。


主人公である主婦の印象が、そしてその妹の印象が、章が進むに従って変化していく。それだけでも、充分うまく、おもしろい。最終章で、すべての真実を犯人たちの語りだけで終わらせてしまうのは、ちょっと安易という点は否めないが、充分うまくまとめきったと思う。いや、おもしろかった。はい。


!少しネタバレ!
第一章では、主人公の名前が不明。各地名がT市や、A市であったり、固有名詞を避ける書き方が、二章以降では変わる。これらがきちんと伏線になっているあたりは、ありがちとは言え、嫌味にならないほどの巧さ。


真梨幸子、二作目の「えんじ色心中」が上梓されている模様。しかし、ここでこれだけ褒めておいて、ちょっと食指が動かない。やはり基本的にホラーが嫌いなせいだろう、とりあえず、いい意味で裏切られることを期待しつつ、図書館リストで見かけたら予約することにしよう・・。


蛇足:日本の傑作バイオホラー小説といえば、「夏の災厄」篠田節子が思い出される。あれは蚊を媒体にしていたが故に、この作品以上に起こりうる恐怖を感じた。蚊だけに、避けようがないもんな。
蛇足2:タイトルになった「孤虫症」自体は、それ自体きちんとした症例。詳しくは興味をもった各人で調べてもらうこととする。しかし皮下で条虫が蠢くということを想像すると、ぞぞっ。
蛇足3:ハードカバーのカバー表紙がプツプツと小さい凸が浮いた印刷。手に取った際、その手触りが気持ち悪いと、そのアイディアを褒め称える(?)声多し。残念柄、個人的にはあまり気持ち悪さを感じなかった。それが楽しみでもあったのだが・・。