ポセイドンの涙

ポセイドンの涙

ポセイドンの涙

「ポセイドンの涙」安東能明(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、ミステリー、青函トンネル、刑事小説


冗長かと思ったら、重厚だった。どこかのブログで「バビル二世」は関係ないとあったが、その通り。どこを間違えたのか、ごく普通のミステリーだった。たぶんホラーサスペンス大賞受賞作家ということで勘違いして、まったく違う小説を期待していた。例えばパトレイバーのWXⅢ辺りの水棲生物や、まさしくバビル二世の海洋ロボット、ポセイドンが絡む物語(苦笑)。これはごく私的な勘違い。本書は、横山秀夫や久間十義あたりの地味ぃな刑事小説というのが正解。帯の「息詰まるサスペンス、切なすぎるラブストーリー、海下240メートルで繰り広げられるアクションシーン!」を期待すると、見事ハズされる。25年ぶりに再会する三人の主人公より、描写は少ないものの、丹念に調査し、真相に辿り着くひとりの刑事の物語と思い、読むべき。尤も、その刑事は作品のなかでもかなり抑えられ書かれているが。
冗長でなく、重厚という言葉が当てはまる作品。ただ、すべての真相が明かされたとき、真の犯人とされた者の行動がいまひとつ理解、納得できないので、作品としての評価はそれほど高くできない。物語の10年後、エピローグで、どんでん返しのように真犯人をひっくり返すが、ならば、本編で犯人と名指しされた者は何故、刑事の前で反論反駁をしなかったのか、そこがどうもよくわからない。またその者のイメージも、この作品のなかに描かれた、有名デザイナーを脅迫でパリから呼び、地元函館に店を出店させ、さらにその後も執拗に姿を見せず脅迫しつづけたという緻密な姿と、どうもイメージが会わない、しっくりこない。どちらかというと、彼はもっとおおざっぱなイメージ。「緻密に」追いつめるタイプではないように思われる。描かれた人間と、それが起こした事件があまりにミスマッチ。真相が明かされても、違和感が先にたち、真相解明の爽快感、納得感が得られない。これは個人的な感想かもしれないが。


いやこう書いているものの、それほど悪い作品ではない。丁寧な取材を基に描かれた、派手さはない、地味で緻密で重厚な物語。


青函トンネルの壁面より、死体が見つかった。殺害されたと思われるその死体は、25年前行方不明となっていた内田保という男のものだった。
ファッションの本場パリで、そして世界で注目される日本人新進デザイナー三上連。出店の引き合いが数多くあるなかで、故郷である北海道函館に日本初の直営店をオープンさせた。パリコレクションが近いのに、日本を離れようとしない連。そんな連に痺れをきらす、妻オルガ。実は彼は25年前、一人の男を青函トンネルの工事現場で殺め、そしてトンネルの壁に埋め込んだ犯人だった。現場に一緒にいた友人、江原政人以外誰も知らないその事件が、どこかで漏れたらしい。彼のもとに届いた脅迫文。「函館に来て、店を開け。」
25年ぶりに出会う、級友江原。中学のころまで、いつも一緒に遊んだ仲間。そしてもうひとりいつも一緒にいた根本由貴。連が殺害したのは由貴の父親だった。25年前、政人の家庭は崩壊していた。精神障害を持つ弟、浩二。父は一升瓶を抱え、たまにイカ漁に出る。母は家を顧みず飲み屋を営み、そして由貴の父親とできていた。由貴の母もついにそんな夫と離婚し、由貴を連れ実家である山形に戻っていた。事件は、由貴が山形に戻ってから起きた。連と政人、二人で青函トンネルに入り込んだとき事件は起きた。明確な殺意があったわけではなかった。事故。しかし、それを隠蔽するために、内田をトンネルの壁に塗り込めてしまった連。
25年ぶりにそれぞれ、別々に出会う三人。しかし、それは懐かしさ、昔を思うような出会いではなかった。連に接触を図る由貴。連を脅迫しているのは由貴だ。そう思い込んでいた連と政人。しかし、そうではないようだ。
新たな殺人事件が青函トンネルで起こった。
25年前の事件を中心に物語は進む。連を脅迫していたのは誰だ?そして、新たな殺人事件の犯人は?


華やかなファッション業界の裏側、青函トンネル建設の裏側、トンネルが出来上がるにつれ景気が悪くなり、寂れていく街、函館新幹線の新駅を巡る陰謀、道警の裏金作り事件の余波で、単身異動させられた刑事、田口、地味ながら一人丹念に事件を調べ、25年前の真実に近づく所轄の一匹狼、菅沼、安い人件費で働かされる中国人労働者、水没する青函トンネル、レビューを書くために振り返ってみると結構内容てんこ盛り。しかし、その割には地味な印象しか残らない。また、それらがすべてきちんと描ききられているとはいえない。勿論、とりあげた題材すべてを完結させろなどと乱暴なことは言わないが、もう少し着地点を見つけてほしかった。


アクションシーンとされている、最後の青函トンネルの水没。トンネル水没を目論む男が、なぜそれを思い至ったのかが、よくわからない。まさか、感傷で青函トンネルとともにすべてを海に埋没させようというのではないだろうが、。また同時に、青函トンネルの水没していく様を明確に頭のなかにイメージを結ぶことができない。青函トンネルが水没してしまうことの重要性は認識するが、そのこと自体がテーマではないので、ただそこを舞台にしたアクションシーン。いや、アクションシーンとも言えない。この場面が必要だったのかは疑問。また海外生活の長かった連の時効の成立というエピソードも、結局あまり必要のないもであった。


オススメかと問われれば、正直"NO."。ただ、こういう丁寧な取材に裏打ちされた作品に対して抱く好ましさは、否定できない。今すぐとは言わないが、再読してみれば、また違った感想を持てるのかもしれない。