いなかのせんきょ

いなかのせんきょ

いなかのせんきょ

「いなかのせんきょ」藤谷治(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、物語、村長選挙、過疎、田舎、平成の大合併


「おがたQという女」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/6410846.html ]で随分すわりの悪い感想を持った藤谷治という作家。しかし、本作は予想外におもしろかった。こじんまりとまとまりすぎ、予定調和にはまりすぎという感想を見かけるが、それも決して間違いではない。しかし逆に、枠にはまった佳作として安心して読める物語という評価をしたいとぼくは思う。講談師よろしく、各章を連続講和第何回とする全17章、連載がとくに記載されていないので、この作品のために狙ったスタイル。好き嫌い分かれるようだが、ぼくには悪くなかった。読みやすく、楽しい選挙物語。


私事であるが、実は家人の父が東北地方のとある町の町長を務められている。昨秋、まさに平成の大合併で三町村合併後、初の町長選があった。無選挙で無事、当選されたが、その前の選挙はまさに田舎の選挙、地縁血縁、どたばたといろいろあったよう。今回は選挙がなくて本当によかったと、家人や義母が胸を撫で下ろしている。そんなこともきっかけで、ちょっと敬遠しかけていたこの作家の作品を手に取った。


四方を深い山々に囲まれた、住民二千人強の鄙びた過疎の村、鍵田原郡戸蔭村。戸蔭村では、平成の大合併を目論み、地場の特産品雛わらじの名を冠した記念館を作り、24億円もの借金を残した前村長が引責辞任していた。本作品は、助役平山忠則に請われ、村長に立候補した村議深沢清春の物語。
助役平山は、清春を村長に仕立て上げ、ゆくゆくは陰から自分の思い通り操ろうと考え、清春の村長立候補を促した。しかし、慌てたのは村の有力者。清廉潔白、一言居士、公明正大な清春が村長になったら、今までのように甘い汁を吸っていられない。清春に請うて村長に立候補してもらったはずの、助役平山が対立候補に祭り上げられた。村の有力者の後ろ盾で対立候補が出れば、清春も立候補を取り消すだろう。そう考えていた村の有力者はびっくり。なんと清春は立候補をとりさげなかったのだ。
本当に村のことを思えばこそ、選挙に出る。清春は覚悟を決めた。
かくして戸蔭村は、数十年ぶりの選挙に突入。頼るべき人も、金もない。あるのは家族の協力と、村を思う真摯な気持ちあけ。はてさて、選挙はどうなることやら・・。


どろくささはあれど、陰湿なドロドロとした中傷や、陰謀のない飄々とした選挙戦。リアリティーがないわけじゃないが、まさに正統派のお話し。夢のような繁栄を公約に掲げる対立候補に対し、地に足をつけ、村の現状を正しく認識した上で、本当に村によいこととは訥々と語る主人公。ステレオタイプな物語。一歩間違えば鼻白むようなきれいごとを、どろくさく描くことで気持ちよく読める物語に仕上げた。
これはこれでよい。過疎の村の抱える問題への踏み込みが足りないとか、つっこむ余地は幾らでもある。しかし、作品が目指すものはそこではない。だからそこを取り上げて、あぁでもない、こうでもないというのは筋違い。「楽しく読む」そういう作品として、オススメの読み物。


主人公をとりまく、家族の描写も適度にユーモアがありよい。
清春の弟、哲次。若くに故郷を離れ、東京で小さい会社を興し、自分の好きな仕事をし、飄々と人生を楽しむ親父。遠く東京にいても、故郷は忘れず。今回も兄を思い選挙運動を手伝いにやってくる。
清春の娘、百合子。東京は恵比寿にある外資系企業に勤め、都会の女性を意識しながら前向きに働く。どちらかといえば、田舎である故郷を忘れたい。とある事件で、休暇を兼ねての帰郷する。選挙もさることながら、村の有力者松下製材所の社長、松下錦司の息子、学校の先輩だった晟とのロマンスも。よかったね。
清春の息子、百合子の兄、剛。村に残り家業のスーパーを手伝う。選挙中も、縁の下の力持ちで、ちょっと影が薄かった。しかし最後の大演説会での呼び込みがよかった。選挙運動なのかスーパーの大安売りなのかよくわからないボケぶり。思わず笑ってしまった。
そして、清春に立候補の決心をさせる母フジ。まだまだ、若々しい老女。私事ながら、家人の祖母の姿が重なった。氷川きよしが好きだったはずなのに、いつのまにヒロシに乗り換えていた・・。
そんな、田舎のあたたかな家族の絆もとてもよかった。


蛇足:こちらの本に関連して、過疎の村の村興しの物語「ロズウェルなんか知らない」(篠田節子)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/11577927.html ]もオススメ。