柳生薔薇剣

柳生薔薇剣

柳生薔薇剣

「柳生薔薇剣」荒山徹(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、時代小説、江戸時代、剣豪、妖術、柳生一族、朝鮮、徳川家


冬枯れた鎌倉に旅をする二人の武士の姿。ひとりは六十年配の老人。もうひとりはすらりと上背があり咲き誇るような若さが全身から馥郁と発散される若者。東慶寺、通称縁切り寺の前で、数人の武士に追われる老婦人と出会い、助けた。そして、物語は始まる。


本読み人仲間で、最近江戸を離れ、駿府に移られた聖月さんオススメの一冊ということで手に取った。むむむ。いや、これは・・・。
想像に違った。これはいわゆる”読み物”。荒唐無稽、奇想天外、波瀾万丈とかいう惹句の似合う”おはなし”。いわゆる”小説”を期待すると足許を掬われる。はい、掬われました。こういう世界が好きな人は大好きなちゃんばらモノ。いや、ちゃんばらにもなってないなぁ。かっこいい女剣士の物語。ばったっばったと斬り倒しても、返り血ひとつ浴びない。しゅぷーっと血の霧が吹き上げる。剣だけではもの足りず、妖術師まで登場!それも朝鮮からの妖術師!加えて陰陽師までもはせ参じる。
と、大層な方々が登場する割に、見せ所のはずの闘いの場面が腰砕け。もう少し、書き込んでくれればなぁ・・。
聖月さんのお墨付きだが、残念なことに万人にはオススメできないのでは、とぼくは思った。尤も聖月さんご自身も、なんだか作品というより主人公の女剣士にヤラれているだけみたいに見えるのは気のせい?(笑)


古文書、史書を原文のまま引き写し、史実をフィクションに織り交ぜて描く。時代小説のこの手法、本当のように嘘をつき、あたかも歴史の陰に隠れた史実を書き起こすかのように、物語にリアリティーを与えるスタイル。今回、作家は朝鮮による朝鮮人の刷還をテーマにした。豊臣秀吉朝鮮出兵の際、朝鮮人を捕虜として連れ去った。徳川政権に変わった日本に対し、連れ去られた朝鮮人の返還を朝鮮が求めてきた。このことをテーマにした。尤も、「連れ去った」というのは事実ではなく、自ら選んで日本に渡ったということが真実のよう。当時の朝鮮は厳格な世襲制で、一度決った地位はその家に代々受け継がれる。奴隷層の家に生まれたものは、代々奴隷層であり、秀吉の朝鮮出兵により、拘束された閉ざされた世界から脱することができると希望をもった層の朝鮮の人々が、秀吉の朝鮮出兵に和し、ともに戦い、そして日本に逃げてきた、あるいは新天地を求めたというところか。
地味な史実を題材に物語を描く。史実が地味であればあるほど、その真相を知る者は少なく、物語はリアリティーを増すはずなのだが、この作品はそうならない。
女剣士が強すぎるのだよ。ときの柳生家の当主、柳生宗矩の娘、矩香。高名な柳生十兵衛の姉であり、十兵衛でさえ赤子の手をひねるように扱うほどの剣の腕前。それもそのはず、幼い頃より祖父である柳生新陰流の開祖の石船斎宗巌から直接剣を教わる。物語の冒頭で武士数人をあっさりぶった斬る。そして、父宗矩さえ、顔面蒼白、かって勝負を相打ちでしか終わらせることのできなかった、手練れた中国帰りの剣豪さえあっさり倒す。ほんとあっさり、2、3ページ。あっさりすぎて、物足りない。日本刀の闘いとは、もしかしたらあっという間なのかもしれない。しかし、剣の動きが書けないなら、心の動きとかで見せて欲しい。いや作品の主題が女剣士の闘いではなく、別にあるならそれでも仕方ない。でも、この作品のテーマは柳生女剣士の物語。朝鮮による刷還も、徳川家を巡る謀(はかりごと)も、実は作品に厚みを持たす装飾に過ぎない。ならば、主題をもっと生かした書き方があったのでは?史実をまじえ、リアリティーを増す手法も有用であるが、この作品でそれが重要であったかどうかは疑問。どんどん荒唐無稽になっていく。たかが老女ひとり朝鮮にとり戻すために、朝鮮から妖術使いまで送ってくるって、どう?それも、まごう事なき妖術師。錯覚を利用してとかの科学的な説明ができるような、幻惑でない”妖術師”だ。


どうもこの嘘八百に身を任せることができるか、できないかで、この作品を楽しめるかどうか決まりそう。
ぼくは残念ながら、ダメだった。身を任せるほど、気持ちよく戦いを描いてくれたら、また違った意見になったかもしれない。


東慶寺を守る豊臣の血を引く天秀尼。少年の頃かいま見たその少女への想いにより動く家光。寺を守りきることで、家光ははじめて男になり、大人になった。それまで衆道に走っていた家光が、この事件をきっかけに男色趣味を脱したというのは、ちょっと無理がないか?挙句、筆がすべり、家光が交わる際は、お万の方に尼僧の姿をさせた---っていうのは、うわっ、コスプレ?!滑りすぎ。


朝鮮で妓生(キーセン)であったが、自分を守り傷ついた男とともに海を渡り、日本に来たうね。藩の決定に背き、愛する妻を選ぶ肥後隈本藩の家臣、武将、貴月主馬。そして、同じく父母の想いに心を同じくする三人の息子たち。うねを縁切り寺に送り届け、故国朝鮮との縁を切らせるために決死の旅に出る家族。途中、夫を、そして三人の息子を失いながらも、東慶寺に身を寄せなければならなかった決意。
こちらを主題に、もっと丁寧に物語を描いたほうが良かったのでは?


まさか、こういう終わり方なら・・・。もったいなく思った。
色々な意味で消化不足。魅力あるエピソードが生かしきれていない。もう少し、じっくり書いたら・・と思わざるを得ない。残念。