落語娘

落語娘

落語娘

「落語娘」永田俊也(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、現代、小説、落語、(漫才)


明治40年12月、歳納めの昼席を終えた噺家芝川春太郎は、弟子を伴い浅草の街を帰途についた。その途中、呼ばれるように火事場跡の光景に遭遇した。その夜、春太郎は噺を書くと部屋に籠もった。翌朝、弟子が部屋を覗いてみると、そこには息絶えた師匠の姿。そして、書き終えた噺の原稿「緋扇長屋」。


「シネマフェスティバル」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/6160470.html ]で、高校の落ちこぼれ映画研究会の面々を生き生きと描いた永田俊也の二冊目。「シネマフェスティバル」は個人的には、とても買っている青春小説なのだが、あまり話題になってない。今回も、あまり話題にならないで終わってしまうのかな?本作品も気軽に読める落語小説。でも、云いたいことはきちんと語り、胸に残るものもある。もっと落語が知りたいな、そう思わせる小説。オススメです。落語を描いた表題作「落語娘」の中編と、デビュー作?、オール読物新人賞受賞作「ええから加減」。こちらは女漫才コンビを描いた短編の二編から成る一冊。


長村香須美、大学を卒業して落語界に飛び込んで5年。落語界の厚い伝統、”女”に対する差別と偏見に阻まれ、未だに前座。中学入学のとき、叔父に連れられた池袋の寄席で三松家柿紅の「景清」に出会ったのが、落語界に飛び込むきっかけ。年功第一の落語界で30人飛ばしで真打になった、平成落語界の寵児、古典落語の雄、三松家柿紅。
入院中の病床の叔父に、出前落語をかけ「中学生に廓話はちょっと早いな」と苦笑されるのを皮切りに、高校、大学と落語研究会で根多を仕入れ、臨んだのが三松家柿紅の弟子入り試験。最後の三人まで残ったものの、最後で落とされてしまった。その試験の席にたまたま居たのが三々亭平佐、柿紅と同門の兄弟子筋にあたるが、柿紅と違い、古典落語が主流の一門にあって、エグ味の強い新作落語を売り物とし、また毒舌で名が知られた噺家。今の試験結果は、ちょっとおかしいんじゃないかい、柿紅の決定に異を唱えた。妙な縁で、平佐を師匠とすることになった香須美。
若者の無謀な運転による交通事故で妻子を亡くした平佐の家は荒れ果てていた。そこに住み込み、落語に打ち込んできた香須美。しかし、師匠は稽古をつけてくれることもなく、さらに3ケ月前の舌禍事件で表舞台には出れなくなっていた。そんな香須美のもとに大学時代の落研の後輩、今はスポーツ新聞記者の清水がとある情報を持ってきた。平佐師匠が、血塗られ封印された呪われた幻の落語を40年ぶりに復活させようとしているらしい。
「緋扇長屋」という題名のその落語、噺を創作した噺家を亡くし、演じようとした噺家を、演じている途中で亡くすこと二人といういわくつきの創作落語。だれも触れようとしないその落語を、香須美の師匠である平佐が演じようという。果たして平佐は無事演じきることができるのか?


落語をテーマにした作品といえば「しゃべれども、しゃべれども」(佐藤多佳子)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/9570050.html ]が思い出されるが、この作品もいい意味で落語小説の代表的な一冊になりそうな予感。伝統ある落語界認められない”女”落語家と、落語は人を笑わせてこそ、伝統ある落語界を認めない師匠の物語。そしてまた伝統ある落語界を真摯に思い、憂い、それ故に厳しくその伝統を守ろうとする落語家。「たかが落語」「伝統の落語」それぞれの立場と考えは違えど、「落語」を真に愛するという熱い想いは同じくする者たちの物語。予定調和的な物語の進みも、この作品では決して欠点にはならない。安心して読むことができ、そして落語への思いを共感できる。この作品をもっと楽しむためには落語の知識がもっと必要、ならば寄席にでもちょっと行ってみようかな。そんな風に思える小説。一見、香須美が主人公のようだが、実は平佐が主人公。しかしこの平佐、某落語家が連想されてならない。
平佐の起こした舌禍事件。実際は賛否両論ある、というのが正しいと思うのだけれど、。お話し的には仕方ないかもしれないが、ここは重いテーマなだけにもう少し深く書いて欲しかった。尤も、そうすると話がぶれるか・・。個人的には平佐の言葉に至極同意。身障者も個性であり、特別なことではないと思う。
とにかく、気持ちのいい作品。オススメ。


「ええから加減」
大坂の女漫才コンビの物語。その設定から「笑うまねき猫」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/6231142.html ]が思い出されるが、こちらはお笑い界にもはや認められている30代の女性が主役。
前の相方が妊娠で引退、新たに組んだ相方が宇多恵。箸にも棒にもひっかからないと思っていたが、実は天賦の才能を持っていた。宇多恵の天然のボケに助けられながら、最近の若手には真似できない、昔ながらの話芸で舞台に臨む海野濱子・宇多恵のコンビ。野心や色気にほど遠い、のんびりした宇多恵が最近少しおかしい。ある日上方演芸大賞を獲ろうと言い出した。
一方、優しいと云えば聞こえがいいが、優しいだけが取り柄の夫。濱子のファンだと言われ結婚したが、定職にもつかず、毎日インターネットを眺め、濱子のために食事を作るだけの日々。両親の残したマンションの家賃を僅かな収入としているが、。そんな夫がある日・・。
そこそこ認められているが、大きな成功もない女漫才師の泣き笑いの物語。短編ながら事件があり、最後はあたたかな気持ちになれる。できればもう少し書き込んで欲しいなぁと思わなくもないが、こちらも良品の佳作。


映画、落語、漫才と芸能に関連する作品を続けて発表した永田俊也。まだあまり注目されていないので、先物買い、早めにツバをつけておくとよいかもしれない。とりあえずオススメの新人作家。次は何を書いてくれるかな?