砂漠

砂漠

砂漠

「砂漠」伊坂幸太郎(2005)☆☆☆☆☆
※[913]、国内、現代、小説、若者、群像、青春、大学


※あらすじあり。未読の方は、注意してください。ネタバレはないと思いますが・・。


仙台を舞台にした、大学生を中心とした若い男女の物語。
「魔王」で考えろ、考えるんだと訴えた著者の、ひとつのアンサー・・と言っているのはネットの書評、感想を見回してもぼくだけ。この作品の主人公の一人である西嶋が語り、行動することは「魔王」のひとつの回答だと、ぼくは信じる。
語り手である僕、北村の台詞「なんてことは、まるでない」を取り上げる書評・感想をよく見かけた。いまどきというか、熱くなりきらない若者の姿を象徴する台詞。作品の流れを遮断するような台詞も、最後につながる伏線だと知れば印象的。でもその最後も、決して断定ではない。・・伊坂だなぁ。
各章の終わり方「ほかにも色々あったが、こんな感じ」というのも、巧い。悔しいが、「魔王」のあとにこの肩の力を抜いたような作品ということに、伊坂の巧さを感じる。結局、すっかりぼくはやられているワケだ。
「春」「夏」「秋」「冬」そして「春」の5つの章からなる。それぞれ1年の春、2年の夏、3年の秋、4年の冬、そして卒業の春を描く。気楽な学生生活をオアシスに、学生生活の外を砂漠に擬えたタイトル。サン=テグジュペリの作品をモチーフに、しかし必要以上にそのことに拘りすぎない、成長も希望もある、ぼくの好きなまさしく”青春小説”。


「春」
盛岡から、仙台の大学に進んだ僕、北村。最初のクラスコンパで、横浜から来た鳥井という男に声をかけられた、つまらなそうな顔をしている、と。学生には近視眼型と、鳥瞰型に分けられる、北村はどうせ、鳥瞰型なんだろ?それが鳥井との出会い。
同じコンパの席にいた無口でおとなしい女子学生、南。東京から来た彼女は、鳥井の中学時代の同級生。スプーンを曲げたり、ものを移動させたりする超能力を密かに持つ。
そして、コンパに遅れてやってきて、堂々と自己主張を始める千葉からきたという西島。世界で戦争が始まっているなかで、ぼくらが平和を願わないでどうするんですか。麻雀の話から、世界平和を語りはじめ、周囲から浮きまくる西嶋。
五月のある日、鳥井に麻雀をやろうと誘われた。同じクラスに東南西北を名字に持つ人間がいるのに集まらないでどうするんですか、西嶋の強引な思いつきで、鳥井の部屋に集められたメンバー。そこには、クラスでもモデルのようと評判の美貌を持ち、数々の男性がアタックして玉砕している地元仙台出身の東堂嬢の姿もあった。こうして僕、北村がこれからの大学生活をともに過ごす鳥井、西島、南、東堂の面々が揃った。
ある日、西島が合コン用に服を買いたいという。ブティックでマネキンの着ている服をそのまま買う西島。そして僕らはブティックの店員鳩麦さんと知り合った。
合コン後のボウリングで、タチの悪いホストたちにからまれ、大金を賭けて勝負する羽目になった鳥井。そして西嶋は奇跡を見せるのか。
「夏」
鳥井の発案で皆で海に行くことになった。そこでボウリング事件の張本人、長谷川さんに出会った。あの時は、ごめんなさい、鳥井君があちこちで女の子を口説いていて、生意気だとホストたちの間で評判だった。ホストの礼一たちの鬱憤晴らしにつきあってしまった。でも、いまは目が覚めた。そう言うと彼女は去っていった。
そんな長谷川さんと、懲りずに鳥井はまた会って、ある情報を仕入れてきた。仙台で神出鬼没に現われる、暴行犯、西嶋がプレジデントマンと呼ぶ男の住処がわかったという。興味本位で、情報を確かめようとする鳥井。そして僕と西嶋のつきあった先に現われたのは・・。
予想もしない事件に巻き込まれ、失意に沈む鳥井に笑顔を取り戻させたのは、西島の莫迦げた行為。
そういえば、僕は鳩麦さんと付き合うようになっていた。
「秋」
最近めっきり皆で集まる機会も減っていたある日、鳥井は僕らを呼び出し、南さんと付き合っているんだよと改めて発表した。苦痛、鬱屈、憤り、憂鬱も絶対消えないだろうし、立ち直ることも容易でないはずだが、快活さを取り戻し、平気を装う鳥井。発表に驚かない僕らを見て、いぶかしがる鳥井。僕らは南の気持ちを知っていたのだ。
そろそろ将来も考えないとな、鳥井や北村の台詞に西嶋は残念がる。こんなシステムだから、学生は世界のことを考えないんですよ。頭がよく振舞うのでなく、目の前にあることを行うべきなんですよ。手負いの鹿が、チーターに襲われる姿を、目に涙を貯めてこれが自然のルールですというのではなく、目の前の可哀相な鹿を助けるべきなんです。俺を動かしているのは主観です。そして、西嶋はたまたまホームページで見かけた、処分を待つばかりのシェパードを引き取ってきた。次々に処分を待つ犬を引き取るつもりか、という問いかけに、とにかく目の前で困っている人をばんばん助けりゃいいんですよ、次からはあのホームページは覗かないしと嘯く西嶋。後は見ぬ振り?それって矛盾しないか、質問する僕に、西嶋は矛盾しちゃいけないって法律があるんですかと答える。交際を申し込まれ断ったという東堂の家に、犬の世話を頼みに行くという西嶋につきあう僕。うちの娘との交際を断るなんていい度胸してるわねぇ、娘そっくりの母親に言われながら、犬は東堂の家にひきとられた。
そして、僕らは学園祭の催しモノ、超能力者対決に巻き込まれる、というか、自ら巻き込まれたというべきか・・。
「冬」
「大統領か?大統領か?」突然、裏通りで西嶋の言うプレジデントマンに引き摺られ、壁に顔を押し付けられた僕は思わず「そうだ僕が大統領だ」と言っていた。お互い唖然とするなかで男は、戦争をしたいなら、自分でやれ、おもえが行けと言い、僕が思わずした反撃に驚いたように去っていった。
警察の事情聴衆をうけているとき、参考人として僕が見せられたのは、鳥井のあの事件の犯人の一人。警察には黙って、僕は所在をつきとめた。
幾つかのできごとや事件を経て、そして僕らは彼らと対峙することになった・・。そして・
「春」
卒業式。西嶋が学校に残るほかは、それぞれに自分の道を進むことになる。鳥井は仙台の広告代理店に、僕は盛岡に。学長の言葉「学生時代を思い出して、懐かしがるのは構わないが、あの時はよかったな、オアシスだったなと逃げるようなことは絶対に考えるな。そういう人生は送るな」という言葉に感動したというぼくらに、鳩麦さんと西嶋は「ああ」と笑った。それはサン=テグジュペリの本に出てきますよ。
そして、僕らの大学生活は終わる。しかし・・・。


最後に、最初のコンパ以来、色々な場で幹事役を買って出た同じクラスの莞爾が主人公に言う「本当はおまえたちみたいなのと、仲間でいたかったんだよな」。学長が最後に言った「人間にとって最大の贅沢とは、人間関係における贅沢のことである」に呼応する。あぁ、ぼくも憧れるなぁ、この作品のなかの人間関係。
青春小説としても、力(りき)みすぎることもなく、とてもバランスがよい小説。バランスよすぎて、ライトで乾いた印象も計算かと穿ってしまう。いや、これが伊坂の持ち味。
問題作「魔王」のアンサー(回答)としてきちんと繋がった作品。もちろん単体の作品としての価値をも認めた上で、「魔王」に繋がる作品として、ぼくはさらに高く評価したい。軽く読み、楽しみ、そして余韻で考える。「魔王」ともども何度も読み返したい作品。


蛇足:レビュー本文に触れられなかったが西嶋が最初のクラスコンパで語る「その気になればね、砂漠に雪を降らすことだって、余裕でできるんですよ」という台詞と、三島由紀夫の話はとても印象的。本気を出すだけでは伝わらない想い。一見、矛盾するようだが、矛盾なく僕の胸に届いた。
http://kanata-kanata.at.webry.info/200601/article_29.html