シャングリ・ラ

シャングリ・ラ

シャングリ・ラ

シャングリ・ラ池上永一(2005)☆☆☆☆★
※[913]、国内、近未来、小説、SF、冒険、ファンタジー、娯楽、読み物


600ページ二段組み。久々に長編を読み切ったという思い。いや、これはおもしろかった。荒唐無稽、破天荒な物語。地球温暖化という旬の話題をうまく取込み、近未来世界をきちんと構築した。場、環境の設定、そういう意味では充分ファンタジーを構築した。しかし、登場人物の設定がちょっとマンガちっく。とくに終盤現れる、涼子が化け物すぎ、女医の小夜子も不死身すぎ、ヒルコに化身したミーコの最後もご都合主義。そうした部分にもう少しリアリティーを持って書ければ、娯楽小説以上の「小説」になりえた、あるいは充分ハイファンタジーと言えた。作家の目指すところが仮に荒唐無稽な冒険活劇であったとしても、あと一歩で、もうひとつ上を目指せる力を持った作品。そこが、ちょっと残念。読み物としては充分オススメ。都合の良すぎるトコロは娯楽小説と割り切って、この大長編を楽しむべし。


第二次関東大震災を経た東京、都市のヒートアイランド現象でいまや熱帯の街に変貌。冬場でも20℃を下らない。間欠的に降る熱帯性スコールは人を押し流す豪雨となる。


世界中の異常気象によりCO2に削減が世界の課題になったとき、世界は新たな経済に突入した。炭素市場。二酸化炭素の抑制、すなわちヒートアイランド現象の抑制を目的に、二酸化炭素の発生に対して全世界規模で税金をかけられるようになった。実質炭素と経済炭素。この二つが世界の経済の要。実質炭素、CO2の実際の排出量に対し、排出国は高い炭素税(関税)がかけられる。国連の人工衛星イカロス」により全世界はリアルタイムにモニタされ、CO2の排出に対し、即時に課税される。しかし人件費の安い国では、高関税をかけられても、人件費の低さが商品の競争力をもたらし、実質CO2の削減を目論む税金の意味をなさない。このことより新たに生まれた概念が、経済炭素。実質炭素の削減値に対し、付加される利息のようなもの。人件費の低さで炭素税に対抗していた国々も、経済炭素の導入により、実質的な炭素の削減を求められるようになった。しかし、この経済炭素という新たな概念により、またカーボニストと呼ばれる炭素税の動きで経済活動を旨とする人々をも生み出した。


第二次関東大震災という災厄のあと、東京が選んだ道は、一層650万㎡、13層からなる高層空中都市「アトラス」を建造、地上に住む全ての人々をアトラスに移し、地上の街の放棄し、森林を増やし、緑化により都心の気温を5℃下げるという国家プロジェクト。アトラスの建造の要は、日本が世界に誇る「空中炭素固定技術」。二酸化炭素を、グラファイトペレットに変える技術、鋼鉄より遙かに軽い丈夫な新素材。アトラス建造の建造材としてはもとより、関税ゼロで輸出される日本の主要輸出製品。この技術があればこそ、震災後の日本の復興もあった。しかし、当初の予定、説明と異なり、アトラス計画は全ての人々を空中都市へ移住に至らしめるワケにはいかなかった。貧しい人々は地上に残され、遺伝子改良された植物による”森”に浸食され住処を奪われていく。地上に残された人々は、新大久保にあるドゥオモと呼ばれる要塞を拠点にゲリラ組織「メタル・エイジ」を結成し、反政府運動を行うのであった。


★主人公、國子:「雨があがったら戻る」と友人の代わりに逮捕され、女子少年院に二年、院は彼女のお蔭で規律と秩序が守られた。セーラー服の似合う、胸の大きさが悩みの少女は、メタルエイジの新総統。ひとたび戦場に立てば、戦車をも切り裂くブーメランを扱う。アトラスを生み出した秘密と関わりがあるらしい。
★モモコ:元、六本木のニューハーフパブ「熱帯魚」のオーナーであった美貌のニューハーフ。モモコの育ての親であり、モモコに愛情と、武術全般を授ける。他人に惜しみない愛を注ぐ。
★香澄:通信教育でハーバード大学の大学院卒業したアトラスに住む10歳の天才少女。経済炭素予測システム「メデューサ」の生みの親。彼女の生み出した、このシステムのお蔭で、世界経済は本来あるべき姿より、単なる金儲けのためのマネーゲームの戦場に突入する。もともとは、お金を稼いで両親を喜ばせ、一緒に過ごす目的だったはずなの・・・
★美邦:8歳。アトラスの謎の実力者、紫外線に弱く、明るい光の下に出られない。彼女に対し嘘をつくと、非業の死を迎える。國子同様、アトラスの謎に関わる少女。
★小夜子:美邦に使える、従者。女医であり、美邦に愛情を持って使える一方、倒錯的な一面を見せる。
★涼子:終盤から現われる、謎の女性。文武両道の天才。人に屈辱を舐めさせることを至上の喜びとし、小夜子を唯一のライバルと認めつつも、小夜子を常に凌駕する。


ひとくせも、ふたくせもある魅力的な女性キャラたち(ニューハーフ含む)が登場、活躍。地球温暖化、経済炭素、空中高層都市、ゲリラ戦、それらのハードな設定を背景に、女性キャラが伸びやかにいきいきと活躍する。高層都市アトラスに秘められらた秘密とは、國子、美邦、そして政府軍に所属する草薙少佐に定められた運命とは?


とにかく女性キャラがたっている「萌ぇ〜」なアクション小説。その中でもニューハーフのモモコの存在感がスゴイ。ブーメランとムチを使いこなす彼女(?)は、元男の利点を武器に、男の弱点を心得ており、次々と特殊部隊の男を倒す。そして女のコンプレックスを巧みについて美邦の侍女たちを次々と戦意喪失させる。男は力技で、女は心理的に。男の弱みも、女の弱みも両方把握するニューハーフは史上最強の兵士だ、なんて。もちろんセーラー服を翻し、鋼鉄をもぶった切るブーメランを駆使し、市街戦、空中戦を闘う主人公國子も、充分主人公なのだが、。そして、不死身の小夜子も。愛する主人、美邦のために献身的に使えるマッドサイエンティストであり、戦士。


唯一、残念なのが、設定、キャラとも秀逸な前半から、後半がただのドタバタ、ありがちな”お話”に集束していったこと。
前半とて漫画的と言わないわけではない。ギャグ、エロを適度に交え、ただのエンターティメントだけで終わらない、何かを訴える作品かと思っていたのが、結局エンターティメントだけに終わっってしまった。ecologyとeconomy、そしてtechnologyを合成して創った造語「teconology」の提案から、最後は温暖化に対するひとつの回答をさし示すかと思ったのだが・・・。オチがねぇ、本当に”お話”。消える子供の謎も、結局、消化不足で終わったし。せっかくの設定が勿体無い気もした。ま、とりあえずの大団円。おもしろかったし、。それはそれでよしとしたい。


池上永一という作家、以前から名前はよく見かけていたが、読むのは初めて。敬愛する不遇の「日本ファンタジー大賞」の受賞者らしい。ぜひ他の作品も読んでみたいと思わせた。
なお、本作品はハイティーン向け(?)アニメ雑誌ニュータイプ」に連載されていたとのこと。なるほど、至極納得。いまどきのアニメのような、緻密な設定、そして破天荒な物語。映像化もありかなという感じ。楽しそう!


蛇足:本作品が雑誌「ニュータイプ」連載時の挿絵が交響詩篇エウレカセブン(日曜朝7:00TBS系)で活躍のアニメーター・吉田健一氏のホームページ[ http://www3.ocn.ne.jp/%7Egallo44/ ]で見ることができます。参考としてあげておきます。読了後、覗いてみましたが、ぼくが頭に描いていた作品世界とはちょっと違う。もう少し写実的なイラスト(キャラクター)ほうが似合うとか思うのですが・・
1話〜4話[ http://f49.aaa.livedoor.jp/%7Egallo/sha01_04.html ]
5話〜6話[ http://f49.aaa.livedoor.jp/%7Egallo/sha05_06.html ]
7話〜8話[ http://f49.aaa.livedoor.jp/%7Egallo/sha07_08.html ]
9話〜最終話[ http://f49.aaa.livedoor.jp/%7Egallo/sha09_end.html ]