マーリン5〜失われた翼の秘密

失われた翼の秘密 (マーリン 5)

失われた翼の秘密 (マーリン 5)

「マーリン5〜失われた翼の秘密」T・A・バロン(2005)☆☆☆★★
※[933]、海外、古代、児童文学、ファンタジー、アーサー伝説


ついに、アーサー王伝説の偉大なる魔法使いマーリンの少年時代を描いたマーリン五部作も最終巻。結局、いい意味悪い意味で、全巻同じクオリティー。可もなく不可もなくの、児童文学のファンタジーで終わった。また、この作品は、とある少年魔法使いの物語に過ぎず、アーサー王伝説のマーリンである必要はなかった。もし、主人公がマーリンでなければならないとするならば、やはり、この作品の未来である、アーサー王伝説ともっと絡める、一体になっている必要があるかと思われる。4巻で、少年アーサーや、未来の自分(いわゆるマーリン)と出会う、あるいは本巻で、幾つかの選択肢のなかで、アーサーのいる未来をマーリンが選ぶという描写はあっるが、しかし、それは五部作という物語全体を通してみると、必然というほどのものでなく付け足し程度にしか感じられなかった。結局、アーサー王伝説を期待して読むと肩すかしを食らう。
同時期に再読しているスーザン・クーパーの「闇の戦い」シリーズで、アーサー王伝説の持つ重厚さを感じているが故に、ぼくには対比するように本作品が軽く思えてしまうのか。確かに魔法使いの少年は、教科書のような成長をする。そういう意味での、児童が長編を読むという程度においての作品としてはとりあえず及第作。しかしファンタジーとして、とくにアーサー王伝説をモチーフにしたという意味においては高い評価は与えにくい。


晩秋、あるいは冬の初め、森の中を歩く恋人たち。ふたりの世界を楽しむマーリンと鹿人ハーリアの前に現れたのは、やかましく、ふざけてばかりいる動物シャベリッケを伴ったマーリンの妹リア。母親のところへ行く途中だと言う。三人と一匹は途中まで同道することにし、そして星見岩で野宿をする。
夜も更け、辺りが静まりかえったころ、雲間より全てを知る神ダグダが現れ、マーリンに告げた。二週間後の冬至の日、大群を率いた黄泉の軍神リタガウラが、巨石の環を通じ、フィンカイラに侵攻してくる。ダグダ自身、黄泉の国でリタガウラのフィンカイラへの侵略を食い止めようと戦ってきたが、もはや押しとどめるのことが難しくなった。リタガウラは地上と<黄泉の国>の架け橋であるフィンカイラを手に入れるつもり。これに対抗する唯一の策は、フィンカイラの民がこぞって集まり、リタガウラの軍勢を迎え撃つこと、それが出来れば、もしかしたら、リタガウラの軍勢を押し戻すことができるかもしれない。
しかし、ダグダの言葉を聞き、絶望にくれるマーリン。フィンカイラのすべての生き物は憎み合い、疑い合い生きている。とてもすべての民が一同に会し、ともに戦うなんて無理だ。そんなマーリンにダグダはそれしか道がないことを説き、そしてそれができるのはマーリンだけだと言う。思い試練を背負わされるマーリン。
翌朝、ダグダに伝えられたことをハーリアとリアにいいあぐねているマーリンのもとにに凶報を携え現れたのは、旧友の巨人のシム。幽閉されていたスタングマーが逃亡し、そしてマーリンの母エレーンを狙っているという。スタングマーはリタガウラ闇の支配の下、フィンカイラを闇の世界にしたフィンカイラの先王、そしてマーリンの実の父である。マーリンとシムは以前協力して、スタングマーを破り、そして北の洞窟に幽閉していたのだが・・。
リタガウラの侵攻と、スタングマーの脱出、ときを同じくして起こったふたつの事件。かってない危機を迎えたフィンカイラ。
マーリンはついに決意を決めた。シムにダグダからの話しを伝え、他の巨人の協力を求める。ハーリアには以前その命を救い、また共に敵と戦ったフィンカイラ最後の竜グウィニアを探し、協力を求めるように伝えた。そして、マーリンはリアとともに母エレンのもとに赴き、スタングマーの危険を母に伝えるとともに、母の傍にいるはずのマーリンの師であるケアプレに相談することにした。
母そしてケアプレと別れ、リアとともに援軍を求める旅に出たマーリン。そこで出会うのは、両手が刀となった殺人鬼に殺された子どもの葬儀を営む人々。小さい子どもばかりを襲う殺人鬼は、マーリンという名の者と決闘することを望んでいるという。未来を担うこどもたちを守り、そしてこどもたちのために殺人鬼と戦うことを決意するマーリン・・。
明かされる殺人鬼の正体。そしてマーリンと、その母エレンの前に現れるスタングマー。数々の試練を乗り越え、マーリンは冬至の日までに、フィンカイラの民を集めることができるのか?そして、リタガウラとの決戦は?


こうしてあらすじを簡単にまとめてみると、この作品も五部作の他の作品と同様に、決められた時間内におつかいをすませゴールを目指すタイプの物語。しかし、他の作品同様に、その設定がうまく使われているとは言い難い。また、リタガウラとの決戦だけなく、両手が刀の殺人鬼との戦い、失われた島の物語、失われた翼の物語と内容をてんこ盛りにしたのは良いが、それらがうまく絡み合い物語に深みを増しているとも言えない。本筋とは関係ない(ワケではないが)、サブ・ストーリーを詰め込みすぎた。
五部作で登場した全ての登場人物が集い、それぞれが存在感を主張し、マーリンと交わり、リタガウラと戦う姿を期待していたが、書き切れていない。前作の感想で心配したとおり、ちょっと風呂敷を広げすぎていたよう。最終巻ですべてがうまく収束し、まさに五部作の大団円となること期待したことが、ちょっと外された。
それは味方に限らず、敵においても同じ。ゴブリンはフィンカイラに存在していても、フィンカイラに住む生き物のひとつとは認識されないのか?という点も気になるところ。


消化不足という意味では、ちょっと評価が下がるが、よくもわるくもない児童文学。毒にも薬にもならない、は言い過ぎか。
個人的には「ぼく」で語る一人称の文体と、自省というより逡巡しすぎる点が買えない。もしかしたら、三人称で、もっと簡潔に書いた方が収まりがよいのではと感じた。


随分な量のある五部作。もし、子どもが全部読み切ったら、読み切ったということを評価してあげよう。