樹上の銀-闇の戦い4-

snowkids992006-03-11



「樹上の銀-闇の戦い4-」スーザン・クーパー(1982)☆☆☆☆☆
※[933]、海外、ファンタジー、ハイファンタジー、児童文学、光と闇、アーサー王伝説ウェールズ


※ネタバレあり!というか詳細なあらすじあり!未読者は注意願います。


夏至前日、久しぶりに我が家に戻った海軍に従軍する敬愛する長兄スティーブン、そしてすぐ上の兄ジェイムズとともにテムズ川のほとりで過ごすウィル。ジェイムスが見つけたのは黒いミンク。ウィルには強烈な敵意と悪意が感じられた。害獣であるミンクの跡を追うジェイムズ。その機を見図らうようにジェイムスはウィルに尋ねた。「古老ってなんだい?」。スティーブンは海軍で寄港したジャマイカ、そしてジブラルタルといった港で、見知らぬ男たちに声をかけられ、ウィルに伝言を託されたという。「ウィル・スタントンに伝えてくれ。<古老>の用意は出来ている。」
15歳年上の兄に、光と闇、宇宙と魔法、そして古老の話しを試み、自分が<古老>の一人であることを告げるウィル。しかし、ウィルが言うことを信じられぬスティーブン。普通の人には理解できな宇宙の理(ことわり)。
「兄さんには荷が重すぎた」ウィルがつぶやくと、繁みから華奢な白い蛾が舞い上がりスティーブンの廻りを飛び回る。「トリバガだよ」別れの言葉にも似た、愛情こもった残念そうな目で兄を見るウィル。古い言い伝えで、トリバガは記憶を運び去るという。
ティーブンの記憶から<古老>が忘れ去られたとき、ウィルの<古老>としての新たな、そして孤独な、最後の戦いが始まる。


何度目かの再読になるスーザン・クーパーの「闇の戦い」シリーズを、4ケ月ほどかけてやっと読了した。そして、至極、満足。あぁ、この作品はシリーズ全てを読むためにあるのだな、と。
光と闇という二元論の世界において、つくづく人は迷う存在だということを認識させられた。闇が悪しきもの、拠ってはいけないものであると知っていても、人は光のように気高いものに気後れする、あるいは光のように絶対を貫き通すことは難しい。九人兄弟の末っ子であり、ある意味いちばんの甘えん坊である主人公のウィルが、自らが<古老>のひとりであることを知り、その運命を受け入れたとき、少年は少年らしさを失い、成長を余儀なくさせられる。人は、成長していくからこそ人間として価値があるのだが、その人の成長を飛び越え、一気に<古老>の一人に成長してしまう運命にあったウィル。そこに哀しみを感じずにはいられない。冒頭に記したように、兄弟の中で一番お気に入りの年齢の離れた長兄に、自分の<古老>の運命と立場を期待を込め話すが、理解を得られない。そして、それがゆえに兄の記憶を消さなければならない。ふつうの人と同じ場所で、ふつうの人と違う生き方をしなければいけないウィルの運命。このシリーズの他の作品全ての感想に同じように書いてきたが、やはりウィルの哀しい運命、使命に同情を禁じ得ない。


そしてその夜、夏至前夜、ウィルは隠しておいた<光>の六つのしるしを、時を、所を越え再び手にする。最後の<光>の輪の召集のとき。すべての地球上の<古老>達が集まる。しかし最後の一人、老婦人だけが現われなかった。まだ体力が戻らないのだ。「山々唄い、老婦人来る」。ウィルの次なる使命は、ウェールズに行き、然るべき方法で、然るべき瞬間に老婦人と出会うこと。<光>の最後の戦いには老婦人の呪文がなければならない、そして、そのとき古老は完全にひとつの輪になる。メリマンはウィルに言う、老婦人が来られるまでペンドラゴンの剣を探す手助け、<光>の最後の魔法を働かす水晶の剣を探すウィルに手を貸す者は五人いる。事の当初から、この重大事を成し遂げるのは六人のみだとされている。この地球に生を受けた六人の者が、六つのしるしに助けられて成し遂げるのだ。


<闇>の寄せ手が攻め来る時
六たりの者 これを押し返す
輪より三たり、道より三たり
木、青銅、鉄、水、火、石
五たりは戻る 進むはひとり


ウェールズの山中で、ウィルはサイモン、ジェーン、バーニーのドルー家の三兄妹(弟)と再会する。そしてブラァンとも。五人の最初の使命は老婦人に出会うこと。ブラァンの尊大な態度が気に入らないジェーン、しかし、それは闇のせいなのか。そんなジェーンだが、ひとり老婦人と出会いウィルへの伝言を託される、ブラァンとともに失せし国で水晶の剣を見つけなさい。伝言を託されたジェーンに襲いかかる伝説の怪物アヴァンク。しかし、アヴァンクはブラァンにより追い返される。そしてブラァンの正体が三兄妹(弟)に明かされ、ウィルとブラァンの二人は三人を置き、失せし国へと消えていった。残された三人は、その日の朝彼らを自動車で送ってくれたローランズと無事落ち合い、<光>と<闇>の戦いについて語ることになった。われわれはあの子達と違う、彼らに手を貸すのはよいが、何をしようとしているか、知りたいと思わないし、関わりにもなるべきでないのだ、ローランズは三人に語った。そして彼らのもとにメリマンが合流する。
一方、失せし国ではウィルとブラァンが老婦人に伝えられた言葉を頼りに、水晶の剣を手に入れるべく探索の旅を行ていた。そして幾多の試練と危機を乗り越え、失せし国の王グイズノー王より無事水晶の剣エイリアスを入手した。
果たして最後の戦いのときがやって来た。メリマンは語る。生命の木、世界の柱である夏至の樹、この国に七百年に一度出現し、その上に、その日一日だけ銀の花をつけるヤドリギが寄生している。つぼみが開ききった瞬間に花を切り取るものは形勢を逆転し、いにしえの魔術と荒魔術を操ってあらゆる競争相手をこの世から、そして<時>の中から追放できる。その花を切り取ることができるのは水晶の剣、両刃のエイリアスだけ。そしてこのときが光と闇の、最後のそして最大の戦いになる。六人の者が六つのしるしで輪を作りブラァンを護り、ブラァンがエイリアスを護れば、花を刈り取ることは可能だ。
そして、そのときがきた、最後の戦い。逆巻く風、竜巻、轟音。ブラァンは無事ヤドリギを刈ることができるのだろうか。


夏至の樹高くそびゆる下にて
ペンドラゴンの刃に<闇>斃れん


すべては終わった。そして古詩の最後の言葉。五たりは戻る 進むはひとり。
みなに別れを告げ、去っていくのは・・・。


訳者はあとがきで、この作品には児童文学界において賛否両論があることを触れる。賛成派が諸手をあげ賞賛するのに対し、反対派は力作であることを認めたうえで、ファンタジックの要素の扱いに問題があると警鐘を鳴らすと云う。訳者自身も、<人間>を将棋の駒のように扱う<光>のありかたに疑問を持つとし、<人間>の記憶まで勝手に消すのは宇宙の秩序を乱すのではないかと述べる。(あとがきで作品を訳し、日本に紹介した訳者自身が作品の疑問点を呈すというのもスゴイが、それをまた載せて出版する出版社もスゴイ。)
確かに<人間>の記憶を消す行為自体、本作品のなかで二度出てくるが、ほめられた行為とは言えない。少なくともウィルの兄の記憶が消されることは、作品世界を破綻させないためにという点で、まだ認められる行為かもしれない。しかし、もうひとつのほうは、記憶は残されるべきであったのではないかとぼくも思わない訳ではない。だが、時を越えた<光>と<闇>の戦いを描くとき、<現在(いま)>と<過去>がつながり、<過去>の結果が<現在>に影響を与えるだけでなく、<現在>の結果が<過去>に影響を与える世界を描くにおいては、この絶対の<光>の書き方に異を唱えることは、作品世界に異を唱えることに他ならない。反対派をも認める、この作品の<力作>である一番のポイントはファンタジーを描ききった点である。それも、別世界の構築ではなく、現実の世界と融合した、時を越えた光と闇、そしてさらに古い魔法の世界を描くことができたという点である。故に訳者のいうようなひとつの事例をのみ取り出して云々するべきではない。
特に<光>の手伝いはするが、その「絶対」で無慈悲な存在にあまり近寄るべきでないと考えるローランズが、哀しくも重大な決断をさせざるを得ない立場に追い込まれる場面を考えよう。お気軽なヒューマニスティックな作品であればここで悪者は改心するのだろう。あるいは単純な完全懲悪ものの作品なら、悪者を徹底的に悪者として描き、決断にうしろめたさをなくさせるだろう。しかし、この作品はそうでない。ローランズは絶対の善<光>を理解し、愛する者を、いや愛していた信じた者を切り捨てることを意味する決意をしなければならなかった。この作品はそういう厳しい世界観に従って書かれた作品であり、それが故に傑作なのだ。
しかし、ならば人としてのローランズはその思い出深い記憶をどうしたらいいのだろうか。判断はそれぞれの読者に任せたい。ぼくは、これも本作品では致し方ない選択だったのかと思う。尤も敢えて書かないという方法もあったとは思うのだが、。


本作品において、いや本シリーズにおいて主人公はやはりウィルであった。ドルー家の兄妹(弟)は勿論、ブラァンでもない。それはウィルのみが<古老>であったからだ。ふつうの人と違う<光>の<古老>のひとり。
このシリーズを悪く言えば、全て言い伝えられた古詩を辿るだけの物語なのかもしれない。この作品では人の思いや考えなど、とるに足らない世界なのかもしれない。しかし、一人の少年が、少年であることを捨て<古老>の一人として自分に課せられた使命を全うした物語、哀しみを湛えたウィルの姿を心に刻んでほしい。いたずらに感情に流されない、非情な運命と使命を全うする少年の姿。あえてそれを描いたことがこの作品の価値と信じる。
すべての本読み人に、現代と現実を舞台にした偉大なハイ・ファンタジーの傑作としてオススメしたい。


蛇足1:本文ですっかり書き忘れてますが、本作品はアーサー王伝説をモチーフにしています。とてもうまく作品に生かしていると思います。
蛇足2:「闇の戦いシリーズ」レビューurl
光の六つのしるし-闇の戦い1-」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/15261856.html
「みどりの妖婆-闇の戦い2-」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/15581265.html
「灰色の王-闇の戦い3-」
http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/22691149.html