黄金の羅針盤

黄金の羅針盤 (ライラの冒険シリーズ (1))

黄金の羅針盤 (ライラの冒険シリーズ (1))

「黄金の羅針盤-ライラの冒険シリーズ1-」フィリップ・プルマン(1999)☆☆☆★★
※[933]、海外、ファンタジー、児童文学、パラレルワールド


※詳細なあらすじあり。未読者は注意。
(※追記:現在、第二巻「神秘の探検」を読書中。第二巻で世界が、物語が広がります。本作品は、全三巻のなかの第一巻であり、改めてあくまで序章であったと思い知りました。もしかしたらオススメの物語かもしれません。(2006.5.11))


「黄金の羅針盤」は、全三巻から成る物語の最初の部分を成している。
この第一巻の舞台は、われわれの世界と似た世界であるが、多くの点で異なる。
第二巻の舞台は、われわれが知っている世界である。
第三巻は、各世界を移動する。


現代ファンタジーにおいて、名作のひとつと挙げられる作品、それが本書、フィリップ・ブルマンの「黄金の羅針盤」に始まる「ライラの冒険シリーズ」全三巻。本読み人仲間の八方美人男さんに、オフで出会って教えてもらい実際に読み始めるまでに時間を要してしまったのは、その厚さのせい。行きつけの図書館の書架で見つけ、いつでもあるという安心感と、新刊本の予約を、義務のように読み続けてきた日々。525ページに手を伸ばす、心の余裕がなかった。しかし、読み始めてみると案外あっさり読了。むずかしくない、読みやすい一冊。成人棚に置かれていたが、確かにこれは児童文学、置く場所が間違っている。


さて、率直な読後感は、残念ながらこれは序章に過ぎないよね、という確認。物語は二巻、三巻に進み、そしてまさにこのレビューの冒頭に掲げた、本書冒頭にある紹介文のとおり、二つの世界をつなぐ物語になるよねという、確認と期待。つまり、いまのところ残念ながらぼくにはそれほどよいと思える作品ではなかった。どうも振り返ると、自分では「ファンタジー作品」を好きなジャンルだと思っていたが、どうも単純にファンタジーというジャンル全般をして好きなわけではないのではないかと、最近思うようになってきた。かなり、狭義な意味でのファンタジー好き、あるいは好きだと言える作品が、たまたまファンタジーというジャンルに当て嵌まるものが多かっただけでは、と最近とみに思う。当たり前だが、そのジャンルだから好きというのも乱暴な話で、最終的にはそれぞれの作品の力であるべきなのだが、ジャンルをひとつの指標として、自分自身の本選びの基準のひとつとしていただけに、それが揺らぐことに少し唖然としている。


そこで、再度よく考えると、設定として「本当らしい(リアリティーある)世界」をまず描ききり(これがトールキンの言うファンタジーの世界であると僕は信じる)、その上で共感できる物語を語られるということがぼくの好きな作品なのではないかと思う。その観点からすると、この作品は残念ながら共感できなかった作品。
われわれと似た世界の構築は、ある程度成功している。しかし、主人公ライラに同化できない、共感が得られない作品であった。それはライラが女性であり、読み手であるぼくが男性であるという性の違いの問題ではなく、ライラの心の動きが、たぶんに表層的に感じられるからだ。喜怒哀楽が心の底から感じられない。また冒険小説ならば、主人公の心理は別として、冒険のみを、その事象のみを描くことによって共感できる物語もある。しかし、冒険自身は八方美人男さんがその書評で述べるとおり、運命に導かれているだけに過ぎなく、そこはまた主人公の心理描写に戻ってしまうのかもしれないが、危機さえ危機と感じ取れないまま、ただ通過点のごとく過ぎてゆく。これは作家が、作品において何を描くかの問題なのだが、個人的にはもっと書いてほしかった。そして、またこの作品の場合ライラはなぜ冒険をしなければいけなかったのか、そこに深く納得できる理由がないまま冒険が始まってしまった。いや、お転婆なライラが、自ら友人であり、部下であるロジャーを救いに行くとは書かれている。しかし、そのロジャーを救いに行く必然が弱い。ライラが命を賭してまでロジャーを救いに行く、それほどにロジャーとライラの結びつきがあるとは、どうも読み取れない。また別の物語として、仮に軽率に冒険に出たライラが旅を通じ成長するのならば、また別の意味で成長小説として、読者もともに成長する喜びを共感できるのだが、ぼくにはそれさえもあまり感じられなかった。この作品において、少なくともぼくに限っていえば、主人公に同化できないことが歯がゆいものであり、またノリきれない要素であった。しかし、それはあくまでも「ぼく」にとってであり、八方美人男さんをはじめとする多くの本読み人は、この本に単体の作品としての価値を見出し、あるいは心から賞賛している。それ故に、それぞれの人がこの作品をどのように感じるか、あるいは判断するかは当たり前だがそれぞれの自由に委ねられている。自分の目で確かめてほしい、心で感じてほしい。ぼくにしてもまだ次巻以降に大きく期待をしているのだから。


そこは人々にダイモンと呼ばれる守護精霊がいる世界。幼い頃両親を亡くし、英国オックス
フォードのジョーダン学寮に暮らすライラは、パンタライモンというダイモンを持つ、明るいお転婆な女の子。ガキ大将よろしく、同じ寮に住む使用人たちの子供たちと悪戯を繰り返す日々。
ある夜、いつもの悪戯、冒険で学寮長の部屋に忍び込んでいると、学寮長が家令とともに部屋に入ってきた。あわてて隠れたライラは、学寮長がライラのおじであるアスリエル卿を毒殺しようとする場面に出くわした。そのままこっそり隠れ、その夜やってきたアスリエル卿にそのことを告げるライラ。すんでのところで、アスリエル卿の命は救われた。その夜、オックスフォードの重要人物たちを集めた部屋でアスリエル卿は北の大地でおこった不思議な出来事、そしてダストとオーロラの中に見える別世界の街について語った。いま北の大地では大変なことが起こっている、アリエル卿はそれだけを伝えると、急いで北の大地へ戻ってしまった。一緒に冒険をしたいというライラを残して。
一方、学寮長と家令はアスリエル卿の殺害に失敗したことに、逆にほっとしつつ、ライラの未来を心配していた。アスリエル卿の探索が進めば、よからぬ結果が招かれる、そしてそれはライラが巻き込まれることにほかならない。探索は、教会や色々な神学上の学派に影響を与える。いや、しかし、ライラはそれ以上の役割を本人が知らないまま担わされるのだ。もしアスリエル卿の暗殺が成功していたならば彼女はいましばらく安全だったかもしれない、しかしもはや運命の歯車は回り始めた、我々は若者を心配することが仕事だ。学寮長は家令に語るのであった。
そんな学寮長の心配なぞ一切知らないライラは、相変わらずオックスフォードでお転婆な生活を続けていた。子供たちを集めて戦争をしたり、春と秋の定期市にあわせてやってくる運河船に住むジプシャンのなん家族かと定期戦をしたり、屋根にのぼったり、あるいは地下の墓地で遊んだりの毎日。そんな折、街では子供たちが姿を消す騒ぎが起こっていた。誰もがその正体を知らないままいつしかその犯人をゴブラー、むさぼり食うものと呼ぶようになっていた。そして、ついにライラの身近でも、子供の姿が消えた、ジプシャーの女マ・コスタ、いままでにライラは数度いたずらで殴られ、数度クッキーをご馳走になった顔なじみのその女の子供ビリーがいなくなった。そして、オクスフォードの学寮の調理場の下働き、ライラの子分ロジャーの姿も消えてしまった。ゴブラーの仕業に違いない。
そんなライラのもとに一人の女性が現われた。コールター夫人と名乗る魅力的な女性探検家。助手としてライラをひきとると言う。幼い頃から、住み慣れた学寮を出たくないライラの思いとは裏腹に、それはもはや決定事項。学寮長でさえ、それを防ぐことはできなかった。そして寮を離れるライラに、学寮長は真理計(アレシオメーター)を預けた。それは金とガラスで作られた羅針盤のようなもの。これまでに六つしか作られていないものの一つだ、これをもっていることをだれにも言ってはいけない、コールター夫人にも。そしてライラは住み慣れたジョーダン寮を離れた。
コールター夫人の家で、初めて女性らしい生活を楽しむライラ。しかしそのうちに退屈と、そして不穏な空気を感じる。そしてある夜、夫人の家で開かれたパーティーでコールター夫人が総献身評議会(ジェネラル・オブレイション・ボード)通称GOBに、そしてまさしくゴブラーの、つまり子供をさらう行為に関係していることを知るライラ。そして、また同時にアスリエル卿が北方の地で、よろいをつけたクマに軟禁されていることも知った。こっそりコールター夫人の家を脱出したライラを、二人の男が襲った。危ういところを助けてくれたのはジプシャンの若者。連れられた船で出会ったのは、ライラの顔なじみだった、マ・コスタ。ほっと一息つくライラ。街では、子供が失踪しても本気で捜査をしない警察が、ライラをもとめて本格的な捜査に乗り出していた。
そんな中、ライラはジブシャンの西の総統ジョン・ファーと長老ファーダー・コーラムと会い、話をし、自分の出生の秘密を聞かされる。飛行船の事故で幼い頃死んだと思っていた両親は、実はふたりとも生きていた。そして幼いライラを育ててくれた女性のことを知った。そして、また真理計の真の力をも知らされた。そしてその指し示す運命を読み取る力が自分にあることに気づくライラ。
一方、ジプシャンの人々は、さらわれた子供たちを救うために北の国への旅を行うことを決めた。選りすぐりの男たちのなかに、ひとり混じり旅に加わるライラ。ライラの北の国への冒険が始まる。
以前ファーダー・コーラムが命を救った魔女セラフィナ・ペカーラという魔女に出会うために立ち寄ったラップランドでは、よろいをつけた熊の助けを得るべきという情報を得た。その地には、一匹のはぐれ熊、イオレク・バーニソンが以前起こした罪のため、捕らわれ、その償いで街の人々のために働かされていた。よろいは彼の魂。よろいを取り返す手伝いをするライラ。そして、イオレクが仲間になった。
子供たちのさらわれた北の国はもうすぐ、ライラの冒険の目的地もあとわずか。北の大地で行われていた忌まわしい実験。そして、自分のことしか考えない大人たち。果たしてライラは無事子供たちを救えるのか、そしてライラに与えられた大きな役割とは・・。
そしてライラは自分のダイモンであるパンタライモンの言葉より、大人たちが悪いと信じるダストが実はいいものであることに気づく。今、アスリエル卿は、その源を破壊するために、教会に決して許されない範囲を飛び越え、別の世界へ歩き去っていた。ライラは、アスリエル卿より先にダストを探し出すためにパンタライモンとともに、だれの助けも期待できない冒険の旅に出ることを決意した。真理計を携え、歩きはじめる二人の姿・・。


あらすじでは触れられなかったが、この作品ではダイモン(守護精霊)という存在が人とは切っても切れない存在として大きな意義をもっている。子供につくダイモンは、その姿を自由に変化させることができるが、大人のダイモンはその姿を固定していくと書かれている。このダイモンの存在が、ライラの世界の大きなポイントであり、ダストとともに、その真相がこれからの巻で明かされていくはずであり、そこに起こる物語と、その真相に期待をかける。


あくまでも、本巻は序章である、次巻で、ライラはわれわれの住む世界に現われ、そして最後に、ふたつの世界を駆け巡る。ふたつの世界の関係と、そして物語が目指す、まだ想像もできない最後に向けて今しばらく、読み続けてみたいと思う。
最後まで読んで初めて評価できる作品なのだろうと信じる、信じたい。


蛇足:とはいえ、ちょっと生命の扱いが軽いような気がする。とくに最後に死を迎える少年。彼を救えないのは、物語としていかがなものなのだろうか?