聖ジェームス病院

聖ジェームス病院

聖ジェームス病院

「聖ジェームス病院」久間十義(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、医者、医療現場、院内感染


新刊リストのなかに久間十義の名前を久しぶりに見かけ、予約、借りてみた。会社の人に以前「刑事たちの夏」を勧められ読み、あるいは「オニビシ」以来。社会派娯楽小説作家というところか。本作品も、また医療という真面目なテーマではあるものの、やはり読み物、読みやすい娯楽作品。悪くはない、しかしもう少し突っ込んで欲しい。本作品も、医者社会における閥、製薬会社の思惑、インサイダー取引、患者のDV、医療ミス、医療訴訟、院内感染、研修医、そしてクラブの女性との恋愛と、この業界を舞台にした作品ではお馴染みのテーマ、エピソードはてんこ盛りなのだが、どのエピソードも表面をなぞっただけに終わり深みに欠ける。楽しく読めた、しかしそこには医療に関わる人々の真摯な思いとか願いとかは感じられなかった。きちんと取材した作品であろうということは理解できる。しかし読みやすく書くことが仇となったのだろうか、まるでドラマのようにエピソードの羅列だけで終わってしまったという印象を受ける。勿体無い・・。


東京、杉並にある聖(セント)ジェームス病院を舞台にした物語。聖ジェームスとは、戦後の一時期アメリカのキリスト教慈善団体の資本がはいったときの名残。内科から始まり、循環器科、外科、整形外科、産婦人科、小児科、泌尿器科、耳鼻咽頭科、麻酔科、リハビリテーション科を持つ地域の中核病院を担う総合病院。評判が良くて流行っているといえばそれまでだが、よりよい医療の提供と苦しい病院経営の狭間で、職員数の増大を抑えることで収支の帳尻を合わせてきた。慢性的な人手不足は、職員たちのワーカーホリック的な献身で支えられてきた。
主人公は東翔平(あずましょうへい)。若き研修医として、国立房総医科大より聖ジェームス病院に配属された。同期は、同じ国立房総医科大の内科医局に同時入局した地方医大出身の長谷川。長谷川は開業医である父親が房総医大の出身で、その関係で房総医科大に入局した。
今日も当直診察にあたっていた翔平だが、ちょっと気になるケースが最後にあった。松嶋茂という名の五十代の男性の症例の再入院であった。
ふた月ほど前からしつこい十二指腸潰瘍と痔疾のため、別の病院にかかり入院していたこともある彼が、上腕部にできた帯状の発疹のため聖ジェームス病院を訪れた。本来は、かかりつけの病院で診てもらうべきかもしれないが、住居近くである聖ジェームス病院で受診したということである。それが薬を与え、発疹が治まりそうになったその次に、突然の激しい腹痛をともなって、翔平のもとに再度姿を現したのだ。初診の際の彼との会話を思い返す翔平。オーベン(主任指導医)で房総医大の医局のホープとされている内科の高崎部長に、できるだけ使用するようにすすめられた新しく認可されたソリブラミンを処方したのがいけなかったのか。腹痛の原因をつきとめることもできず、一応の処置を終えたのであった。
しかし、そんな松嶋の状況が一転しそして死亡してしまう。そこに現われた松嶋の娘志穂、銀座のクラブに勤める、父一人娘一人の、松嶋のたったひとりの身内。松嶋の死を巡り、医療ミス訴訟を起こそうとするマスコミ、弁護士、そして製薬会社の動きを中心に物語りは進む。そして並行して起こる病院内の数々の事件。
まさしに、聖ジェームズ病院という名のドラマ。


冒頭に書いたとおり、とにかくエピソードがてんこ盛り。そのためか本来主題となるべき松嶋という患者への医療過誤、あるいは製薬会社の思惑や、医療訴訟という事件が物語半ばでうやむやになってしまっている。
途中で主題は院内感染にシフトしたか?しかし病院内のまさに現場で対応にあたるスタッフの姿に対し、これも中途半端な解決。そういう身近なところに原因があるにしても、もう少し読者にカタルシス(浄化もしくは爽快感)を与える書き方があったのではないか。また、あたかもそこにほのぼのとした恋愛模様を想像させた翔平と志穂の関係も、あっさり終わらせる。いや、まぁ大人の小説にはありがちなオチなんだけどね。
この作品をして無理やりに読み取り、語る内容もなくはないが、それは本当にこの作品に拠って語る話かどうか。医療過誤と院内感染、このふたつをもっと突きつめて欲しかった。とくに医療過誤は、熱血弁護士の変心ががっかり。
500ページ弱もあるのに長編を意識させない、読みやすい作品。長編を意識させないのは、しかし成功なのか失敗なのか。テーマ、あるいは舞台がこういうものでなければもっと評価できる読み物であると思うのだが・・。


蛇足:漫画「ブラックジャックによろしく」(佐藤秀峰)に擬えるネット書評も見かけたが、「ブラックジャックに〜」のほうが、よほど真摯な作品。本作品の東翔平は一応、真面目で真摯、不器用な青年なのだが、短い間に患者二人の死を経験している割に平気なんだよね。当たり前に思い悩むばかりが作品ではないとは言え、ちょっとだけそこが不満。