100回泣くこと

100回泣くこと

100回泣くこと

「100回泣くこと」中村航(2005)☆☆☆★★
※[913]、国内、現代、小説、恋愛、喪失


※詳細なあらすじあり。この作品を評価するなら、あらすじではないと思いますが・・。未読者は一応注意願います。


昨年末から、今年のはじめまで、あちこちのネットの本読み人仲間のページで見かけた表紙。ぼくはいまひとつ評価できなかったが、まみみっくすさん(最近名前が変わった、旧mamimixさん)オススメの「リレキショ」[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/8793151.html ]が巷で好評な中村航の作品だから、きっと何かあるだろうと予約したみた。
読了。何これ?え?あれ?まみみっくすさんも、なんとでこぽんさん(連日登場!)も評価してないじゃないか。
はい、ぼくも評価できません。


題名通りの物語。まさかと思うほどに定番なお話し。強いていえば、泣かせようという力(リキ)みが感じられない、「リレキショ」でぼくが評価できた淡々と綴ることが唯一評価できるところか。


犬が死にそうだと、実家の母から電話があった。実家には就職してから帰っていなかったので、最後に犬に会ったのは4年前。主人公の僕が、高校を卒業した、浪人生活をしていた年に拾った犬だから、もう八歳。老犬だ。一年前に突然死にかけたが、奇跡的に持ち直した。今度はダメかもしれない。週末に会いに行こう。
図書館で拾ったから犬の名前はブック。彼女にブックとの暮らし、僕のバイクが大好きで2ストのエンジンにしか反応しない話しをした。「バイクで帰ってあげなよ」電話口で彼女は言った。4年間ほったらかしにしたバイクを整備することにした。部品を買い、ガソリンスタンドに行き、週末ぼくの部屋で彼女とキャブレターでをピカピカに磨く。ちょっとくらくらするような溶剤でキャブレターを洗いながら僕は彼女に求婚した。6月11日。
バイクは蘇り、ブックに会いに行った。そして、彼女は結婚の練習のためにぼくの部屋にやってきた。一週間結婚して、うまくいくようなら一年間結婚しよう。七月七日、予告通り三時きっかりに彼女は部屋にやってきた。「やあ」「嫁にきたよ」「ふつつかものですが、どうぞよろしく」長くて固い握手を僕らは交わした。これをもって結婚の儀とする、固い握手だった。そしてぼくらの生活は始まった。いつのまにか僕の夢の中での人称がWeになっていた。
そんな12月のはじめ、彼女が風邪をひいた。「毎年のパターンなの」「明日になるともっと熱が上がると思うけど、三日で復活するから」しかし彼女の風邪は三日では治らなく、もう少しかかった。そして、それが始まりだったのだろうか・・。
身体の調子を崩し、実家に戻る彼女。検査の結果、さらに精密検査、そして、最悪の結果。
彼女を失った僕は、焼酎の紙パックを飲んではトイレで吐瀉する日を過ごす。そしてある日彼女の荷物を箱に詰めた。
そのまま時は流れた。ブックが死んだという連絡。ブックはあれから三年以上生きたのだ。
バイクで実家に戻る僕。彼女と一緒に整備し、復活させたブックの好きな2ストのバイク。このまま廃車にしよう。そして新幹線で帰ろう。
ブックを埋めた河川敷の夕暮れのなかで、いつしかWeからYouに変わった彼女を想う。僕にとっていつまでもYouであり続けるんだろう・・・・・。


やはり前半の淡々とした部分が、後半のありがちな”おはなし”になってしまうのが哀しい。「嫁にきたよ」とやってきた彼女と僕の生活が、こんな”おはなし”で終わってしまうのか、と。こういうテーマが悪いとは言わないのだが、よほど巧く書かないとありきたりの”おはなし”に成ってしまう気がする。いわゆる”ライトノベル”の好きなテーマ。ただ唯一の救いは、冒頭でも書いたが泣かそうと云う気負いが感じられなかったこと。この作家の持ち味とも云える淡々とした筆。そうするとタイトルも、もう少し淡々としたものにしてほしかった。これじゃ、そのままじゃないか。
老犬が死にそうというエピソードで、ぼくが辛口評価した「はるがいったら」(飛鳥井千砂)[ http://blogs.yahoo.co.jp/snowkids1965/25886436.html ]が思い出されたが、この作品も決して老犬のエピソードがうまく作品に溶け込めたとは言い難い。ラストにつなげたかったのかもしれないが、正直、ええ?あれから三年も生きたの?その間、主人公は愛犬に会いにいったのかなとか余計なことを考えたり。ラストにつながる重要な”愛”犬のハズなのに、結構ないがしろにされてないか?。


馬力やら、マッハやらのエピソードの選び方、持ち味の文章、何かを感じさせる作家だとは思うのだが、未だ評価に至らず。ガンバレ中村航!ぼくを唸らせてくれ!